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愛して~


『今、愛の光が世界を照らし、愛のエネルギーで人の未来を輝きにする。』

切に願おう

愛して欲しいと。

あなたがそんなにも愛に乏しいのは愛していないからなのだ。

愛することを続けないと愛することを忘れてしまう。愛に飢えつづけると愛の優しさを忘れてしまう。

あなたは愛の中にいて愛し続けなければいけないのだ。

あなたは忘れてはいけない。この世にあなた以上に愛を知る者はいない。

あなたの中に色んな愛が眠っている。あなたは世界を見て、世界と拘わり合いをして、愛を見出だすのだ。
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2012/12/30 (Sun) 13:56 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛を囀る蒼い鳥


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


鳥の先祖が恐竜だったなんて今の鳥の姿からは想像も尽きません。
群れて煩(ウルサ)く囀(サエズ)る鳥は何を忙しく話しているのでしょうか。
先祖自慢でもしているのでしょうか。
それとも、姦(カシマ)しく噂話でもしているのでしょうか。

番(ツガ)う相手と仲良く遊ぶ鳥は愛を語らうのでしょうか。

文鳥(ブンチョウ)や鸚哥(インコ)のように人間に飼われるのに慣れた鳥などは人間が奢侈の為に品種改良されているものです。
でも、行動は野性の烏(カラス)や雀(スズメ)となんら変わらず、巣の外なら何処でもフンを落とします。
ゲージの中の餌箱や給水ケースの中でもへっちゃらです。

頭脳が小さ過ぎるから高度な分別能力を持てないのでしょうか。犬猫程度の綺麗好きになれるだけの年月を進化してきた筈です。

羽根を啄(ツイバ)んで毛繕いには余念が有りませんが、喋れるような舌の進化は無かったようです。

鳥は自由に羽ばたいて、舌足らずの舌で人間には判らない愛を囀るのでしょうか。

多分、鳥達はその日の食べる事と天気を気にしているだけなのでしょう。
いつもより鳥達のお喋りが饒舌なのは人間が愛で苦しんでいるのを嘲っているのかも知れません。
2012/12/28 (Fri) 12:03 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

何はなくとも愛ですか?


『今、愛の光が世界を照らし、愛のエネルギーで人の未来を輝きにする。』

地球は生きているといいます。
地球上にエネルギーが満ち溢れているからです。
動物ドキュメンタリーではありませんが沢山の生命が息づいているからに他なりません。
海は大気の渦道で波立ち動き、太陽熱で対流しています。
動かないかに見える大地の底ではマグマが大きなうねりを抱え、解き放つ大地震で地形を変えて行きます。地球そのものも活動しています。

命の惑星、地球は人間の与える影響など微塵も感じず、その命を活動させているかのようです。
人間の与える影響を受けるのは地球上に生きる命です。悪化する大気で瀕するのは人間と動物です。

地球に優しくないのではなく、生きているものに優しくないのです。人間の行為に愛が無いのです。
人間の活動が自業自得であり、自滅の道を歩んでいるという事なのです。

人間の心に余裕がなく、自得という自我中心の考えで走ってきた結果を私たちは今目にしています。

人間はもっと外に目を向けて、愛を持って、悠々自適に生きなければ、明日はありません。
2012/12/24 (Mon) 15:28 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

逝った愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

愛はいつまで続くものなのでしょうか。
生きてる間は肉体で愛を確かめる事が出来ます。愛の温かみを心で感じる事が出来ます。

肉体を失うという事は肉体に関わる感覚を失うという事です。
触れ合う感触から来る愛情を感じれなくなるという事なのです。
馨しいという愛情の昂揚を感じられなくなるという事なのです。
温もりがあって、そこに生きているんだ、命が愛おしいという事を感じられなくなるという事なのです。
今という時間を共に過ごしてお互いを見つめ合うという感覚を失うという事なのです。

魂にあるのは過去の記憶だけでしょう。そこには色褪せない五感の感覚が残っているかも知れませんが、映画館でのロードショー程度の感情移入しか出来ないでしょう。追想体験しか出来ないのです。

生き生きとした愛は今にしか感じられないのです。しかも肉体を通してでしか得られないのです。

肉体を使わない魂同士の愛の交歓は火傷の瞬間に似ているかも知れません。
愛を直接触れるのは愛の情報がダイレクトに流れるという事です。肉体というフィルター無しの愛は本人が意識しなくても愛の本体の意識の海に繋がっていて、触れ合った瞬間に怒涛のように流されて、訳が判らなくなるのでは無いのではないでしょうか。

愛を感じ、味わうには肉体が必要不可欠なのです。


逝ってしまった後に生きてる人の愛を受けたくても愛の周波数が異なってしまって、受け取れないのでは無いでしょうか。厚い曇りガラスの向こうの人の声を聞こうとするほどのじれったさを味わうに違いありません。
2012/12/19 (Wed) 12:46 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

認める愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

自分の甘さを認める事は自分の弱さを認める事です。
厳しく自分を律するのは比較的楽に出来ても、今の自分が理想の自分に程遠い事を認めるのは屈辱的なのかも知れません。

甘さを認識していないととことん甘い人でいられます。自分の欲に歯止めを持たないでいられます。太りすぎてダイエットに失敗する人は典型的なタイプと言えます。

自分を否定していると鬱になります。
自分を出さないと鬱になります。

認める愛とは自分をそのまま知る事から始まります。認める愛とは他人の中に見つける自分が反応してしまう癖を知る事から始まります。
自分を客観的に観ることはジレンマ的に不可能です。だから価値判断せずそのままの自分を知り、認める事ができれば自然と認める愛が溢れて来ます。

認める愛の中では鬱はありません。
鬱は認める愛の欠落でもあるのです。
2012/12/17 (Mon) 12:08 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

受け入れる愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


受け入れるのが愛だとしても到底受け入れ難い事があります。

友人の詰まらない時にする"貧乏揺すり"の癖をみっともないから止めなさいと注意しても止めず、仕方ない人だと受け入れる事は出来ても、旅行先での友人の"高鼾"は我慢できません。
伴侶の"迷い箸"や"ばっか食べ"を良い癖じゃあないから気をつけてねと微笑んで許せても、賭け事に生活費を使い込んで食事もままならない浪費をされる事は到底受け入れ難いものです。

受け入れ難い事とは自分に変更を求めます。より向上するなら良いですが、こだわりにメスを入れる事を要求するのです。あなたは間違ってるからと指摘されているのと同じなのです。

意地やこだわりがあると受け入れる愛を持つのは難しいのです。

愛の中で一番難しい愛かも知れません。
受け入れる事は"許し認める"こと無くしては成り立ちません。そういう意味では愛を完成させる愛でしょう。
2012/12/15 (Sat) 15:48 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛を望むなら


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

『自分が嫌なことはしてはいけない』と誰かに教えられませんでしたか?
自分がされると嫌なこと
意地悪
イジメ
見下し
高圧的態度
お説教
お節介
・・・

こんな事を自分はしていないと思うでしょう。
でも、人の受取方は様々です。あなたが好意でした事を悪意で受け取る場合もありうるのです。

愛のある言葉を愛のある好意で実践しても、マイナスの意識に塗り潰された人には届かず、善悪を反転されて受け止められてしまう訳です。

受け取る仕方全てであれば"愛"は届かないと思われるかも知れませんが、そうではありません。
愛の力は自我の干渉を受けないからです。
人が誰かに自我の動機で何かするという出来事(Event)は自我の影響を受けた物質次元の事です。
人が誰かに愛の動機で何かするという出来事(Event)は愛の影響を受けた物質次元の事であり、愛は物質次元を超えた次元での影響を与えるのです。
自我は物質次元を超えて影響を与えられませんが、愛は易々と超えます。
見た目や相手の反応が反転しているように思えても、見えない愛の次元で影響を与えているという事なのです。

愛の影響を与えると愛はエコーのように帰って来ます。愛が欲しいなら愛の影響を与えれば良いという事なのです。

自分がされると嫌なことはしないという事は自分がして欲しい事をしなさいという事です。
愛が欲しいなら愛しなさいという事です。

まさに、あなたの欲するところの行為をせよ、という事なのです。
2012/12/13 (Thu) 21:05 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の超音波


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

この世は暗闇です。次の瞬間に起きる事すらわかりません。
なのに憶測で誰もが今の続きが来ると信じて止みません。
また明日も日が登り、退屈な一日があると思っていて大切な一日一日を無駄にしています。

明日が見えない私達は明日を推測するしか無いのです。今以上の生き方をしたいなら、今をしっかり生き抜くだけでなく"愛の超音波"で明日を探るのです。

"愛"を投げかけて返ってくる愛の方向と大きさで自分の生き方を決めるのです。愛という関係を作る事でより快適で楽しく後悔の無い生き方を決められるのです。
"愛"を投げかけて"愛"を返す人もいれば、無視する人もいるでしょう。
"愛"のエコーが強ければ愛によるネットワークは大きく強くなって行きます。
"愛のネットワーク"を生み出して行く生き方、ライフスタイルがあなたの人生をより素晴らしくして行くのです。

"愛の超音波"は目に見えませんが心に響きます。心に愛が響けばより強く愛を発する人になれます。愛をお互いに響かせ合って"愛のネットワーク"を輝かせるなら、見えない明日が怖くなりません。

明日も今と同じだろうという憶測の不確かさから抜け出て愛のネットワークの安心の中で幸せを紡げるのです。

"愛の超音波"をあなたが発する事で素晴らしい未来を生み出して生きましょう。
2012/12/09 (Sun) 12:17 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

優しく愛して


『今、愛の光が世界を照らし、愛のエネルギーで人の未来を輝きにする。』


優しく愛して欲しいと思うのは当然です。
優しさが愛の基本だからです。入口と言って良いでしょう。

優しさとは何でしょうか。例えば"大切に扱われること"が優しさの時があります。重い荷物を代わりに持って貰うことです。
例えば"傷つける言葉を言わないこと"が優しさの時があります。失敗をけなさず、動機を褒め、励まされる事です。
例えば"望みを叶えてあげること"が優しさの時があります。クリスマスプレゼントに欲しがっていた宝飾品を軽いサプライズと共に貰うことです。

優しさの根底には"人格の尊重"があります。決して上から目線でなく、さりとて奴隷的従属によるものでは無い"あなたという価値を認める"視線です。
きちんと"お互いが等価である"という意識でなされた好意はお節介でも、人格蹂躙でもなく、余計なお世話でもなく"優しさ"として受け取られるのです。

傲慢な人間の優しさはギブアンドテイクを当てにした下心ある優しさです。
卑屈な人間の優しさは敵を作らないように考えられた打算的な優しさです。
冷血な人間の優しさは事務的な駆け引きを要求する非人間性の優しさです。

人間の差異などは団栗(ドングリ)の背くらべです。違いがあっても大同小異なのです。いったいどんな根拠が有って、自分の方が価値あったり、無かったりすると言うのでしょう。
大概が勘違いか、思い違いか、歪曲された価値観による判断なのです。

優しさのかけらも無い人間はいないのです。優しくされても優しさと受け取らない者のひねくれ者の価値観が悪いのです。

優しさを身に纏(マト)いましょう。
優しさを身に纏うとき、自分という人格を尊重し、価値を見いだし、愛が溢れる自分になっている事に気づく事でしょう。
2012/12/07 (Fri) 07:02 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛ある助力


『今、愛の光が心を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


助力を必要とする人は自力では力が足りない人です。
杖をついて街中を歩く目の不自由な人に助力は要りません。
盲導犬を連れて買い物をする人に道案内は要りません。
手話で楽しそうに談笑する耳の不自由な人達に声を掛けても仕方ありません。

本当に助力が必要とする人は自力で動けません。

介護施設で暮らす人には不自由はありません。介護福祉士が手取り足取り面倒を引き受けてくれるからです。介護福祉士の力をもってしてもどうにもならない事はあります。

心の問題です。

市役所に申請すれば生活保護が受けられるのに保護を受けるのを嫌がって栄養失調で亡くなった親子がいました。
認知症の高齢の母親の介護に疲れて母親を手に掛けた老人が警察に捕まった事件がありました。

心の介護が必要な人は年齢、見た目が関係ありません。
心が歪んで社会に悪をなす人には矯正という心の介護が必要です。
精神的心労が酷い人には労りという支えが無いと心が折れてしまいます。

心理療法士という人は心が病気になった人を助ける力を持った人です。
鬱病など社会的生活困難者にアドバイスや薬による療法を指南します。
しかし、知識を悪用して法外な料金を請求する人もいるようです。

レイキヒーラーという人は心の癒しを必要とする人にレイキのエネルギーを使って心の力を取り戻してあげる能力を持っています。
心のバランスを整え自力で心を回復出来るように指導が出来るのです。
しかし、知識を悪用して自分に依存させてしまう人もいるようです。

愛が無いと心の介護は困難なのです。

人の心の痛みが判る、共鳴出来る、人の心が解る、物心共の技術がある事が"愛ある助力"には必要なのです。
2012/12/05 (Wed) 11:13 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

心配することに愛はありますか


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


愛する余りに心配して、我が子が連絡をしないので怒り、やっと連絡がついたら気が抜けて何だか悲しくなる。
そんな心配は誰でもするものです。
愛しているから心配するという理由ですが、愛しているなら何故心配するのでしょうか。
愛しているなら信頼するべきでは無いでしょうか。

信用できない相手を愛する事は出来ません。愛するとは信頼する事だからです。
相手をまるごと受け入れられないなら信用することは出来ません。信用することは相手を受け入れる事だからです。
相手を認められないなら相手を受け入れる事は出来ません。相手を受け入れる事は相手の良いも悪いも全てを認める事だからです。
相手の悪いところを認めず否定するなら、受け入れられる筈も無いからです。

良いところしか無い人間はいません。
悪いところしか無い人間もいません。
人に好評価される事の無い人間は人に信頼される事はありません。
好評価される事で認められるのです。認められるから受け入れられるのです。
受け入れられるとは愛されているという事です。

好評価を得る努力をしない者に愛が与えられる筈がありません。
好評価を得る積もりの無い者に信頼が与えられる筈がありません。

心配を掛けられる者は好評価を与えることを怠っているからなのです。
信頼に能うる行動が出来ていないから愛される事が無いのです。
2012/12/03 (Mon) 12:27 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

きゅうとす

Author:きゅうとす
KIN214
白い律動の魔法使い White Rhythmic Wizard
ドリームスペル「青い共振の嵐」の年 律動の月16日(月)

2007・7より観念浄化を始めました。
生来のマイペースで遅々として進みませんが
自分なりに浄化をしています(笑)
きっとこの先には心軽く楽しい人生があると信じて
います。

2011年TUTAYAコミュが閉鎖されるのに伴いこちらのブログに移行します。
愛、恋愛などをテーマに観念浄化ワークと絡めブログアップします。

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