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だから、愛してる


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


結婚するまでは大好きで嫌いなところなんてひとつも無かった。
結婚したら嫌いなところが見えて来た。好きなところ、嫌いなところ全てひっくるめて、今は"愛してる"。

だから"あたしのこと、好き?"って聞くなよ。好きだから結婚したんだよ。
だから"前みたいに四六時中大好きって言ってよ"と言うなよ。四六時中好きだから結婚したんだよ。
だから"あたしのこと嫌い?"って聞くなよ。恋愛中には気にならなかった欠点も可愛いと気に入ってたから嫌いじゃなかったから結婚したんだよ。
だから"あたしといると詰まらない?"って言うなよ。一緒にいるだけでドキドキ・ワクワクしていて、ずっと居たいと思ったから結婚したんだよ。
だから"あたしのこと大切ならはぐしてよ"って言うなよ。きみのことを大切に思ってたから世界を敵に回しても君を護ると宣言として結婚したんだよ。

恋愛と結婚って違うんだ。
恋愛中は狂ってたんだよ。君に夢中ってホントだった。まるで夢の中で幸せに包まれてた。だから、きみのこと大好きだった。

でも、今は正常になった。
だから、愛してる。

好きなところも嫌いなところも全て受け入れて愛してる。
恋愛中には気づかない振りをしていた全てを受け入れて、現実を肯定して、ありのままの君を愛してる。


いろいろ聞いたり言って確認したがる君はまだ恋愛中で、現実を拒否しているのかな。
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2012/09/28 (Fri) 10:59 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛が理想


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


あなたの周りには苦痛が満ちています。
苦痛に為らないものが無いくらいです。

感じるもの全てに棘が生えているみたいです。
苦しくて怒りに満ちています。

生きるという事が楽から離れ毎日地獄のようです。
八方を塞がれ、どちらに進むを選んでも無痛という事がありません。

助けて欲しい

掛値なしに、体裁も、見栄も棄てて叫びたいのでは無いでしょうか。


苦痛は幻想だ、見方、考え方を変えれば消える。
諦めて逆らうな、脱力して天命に従え。
越えられない試練など無いのだから神を信じて努力辛抱しなさい。

気持ちだけで現実の金銭問題や人間関係が変わるものか、他人の思惑あってのトラブルなのだからと思うでしょう。世界の捉え方で楽になったと思うことこそ幻想に逃げてるのじゃないかと思うでしょう。

苦痛に満ちた現実を変えたい。引き寄せで大金を得て現実に起きるトラブルを何とかしたい。苦痛の原因は自分の内でなく外にあると思っている事でしょう。

自分が変われば楽になるのでなく、環境が変われば自分も楽になる筈と考えているでしょう。

しかし、
心の内に嵐を抱えていたら周りの言葉など耳に入りません。
心の内に憎しみを抱えていたら誰のどんな言葉も憎々しく聞こえます。
心の内に平穏があればどんな眼差しも平穏に見えます。
心の内に輝かしい光があれば平凡な言葉も真理です。
心の内に暖かな愛があれば厭味に満ちた言葉も信頼の言葉に聞こえます。
自分の心の内をどのように保つかで状況も環境も感じ方が変わって来ます。
思い込みに捕われていれば全てを思い込みで歪めてしまいます。

心の内を穏やかで静かに保つこと、愛で満たすことが出来れば、なにもかも苦痛から離れるでしょう。

理想は愛です。
心の内を愛で満たせば苦痛の無い平和な世界になります。
2012/09/25 (Tue) 15:19 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛と生き様


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

人はそれぞれ生きたいように生きています。
人はそれぞれ愛したいように愛しています。

人の生き様にはその人の愛が映し出されています。
愛に対する態度が生き様になって行くということです。

愛がわからずに手探りをしていると生き方に芯がない生き様になります。生き様が場当たり的になってしまい、昨日と今日で話すこと行動がバラバラになってしまうのです。

親の愛を充分受けて、愛を身につけている人は愛を芯とした生き方になり愛を振り撒く生き様を示す事になります。どんな人に対しても優しく暖かい眼差しで接する事が出来るのです。

愛は最初から持っているものとする考えは半分正しく、半分誤っています。
人間という存在の根幹には愛がありますから最初から持っていると言えます。
でも、生き方としての愛は親や社会の中で見たり聞いたりした愛から自分の解釈で構築するものなのです。
人間存在根幹愛は普遍で言わば"神の愛"です。
親・社会経験愛は人間の自我が投影された言わば"人間愛"です。

人が生きたいように生き、愛したいように愛するのは"人間愛"に従っているからなのです。過去の先人たちの残した自我の奴隷とした愛に生きているからです。その価値を正とした生き様を生きているのです。
2012/09/23 (Sun) 10:37 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

失恋してますか?


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

未だ"失恋"をした者はいません。

愛を受け入れて貰えない経験をした者は山ほどいました。
その人達は"失恋"したのではないのです。
恋を全うするのを諦めただけなのです。

自分で自分を説得して自分の愛を受け入れて貰う努力を放棄しただけなのです。その証拠に、その人達の愛する気持ちが消えたのでしょうか。好きな相手を愛(イト)しく想う気持ちを無くしたのでしょうか。
時間が経って気持ちが薄れたり憎んだりしたかも知れませんが、決して無くなりません。時空に刻まれた愛のエネルギーは時間の壁に阻まれ見えなくなろうと決して失われません。

"失恋"したと思うのはなぜでしょう。
『恋してる-愛を受け入れて貰えない=失恋』と決め付けているのは自我です。自我は自分の事しか考えません。自分のエネルギーを無駄遣いしたがりません。恋してるエネルギーをそのままにして置けません。さっさと引き上げて他に振り分けたいのです。
そこで"失恋"というレッテルを貼り、恋してるエネルギーを引き上げてしまうのです。
しかし、恋し続けたい自我の一部は抵抗し、失われたエネルギーを補填するため怒りのエネルギー"憎悪"を作ります。愛を受け入れて貰えないを原因として"憎悪"のエネルギーを作るのです。
抵抗が出来ないで折れた自我の一部はやがてエネルギーを失い柔軟さを失い"愛を受け入れて貰えない=失恋"の観念となって、似たような状況からエネルギーを受けて再燃させたり、心に猛毒になる想いを生み出したりするのです。

"失恋"は自我が自我の一部に対するエネルギー操作の別名なのです。
2012/09/21 (Fri) 15:20 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛している?と聞かないで!


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

『愛してる?』って聞くほど自分の気持ちが分からなくて不安でも聞かないでくれ!
こっちまで気持ちが不安定になる。『愛してる』と言うほど覚悟を決めているのにあなたは愛して欲しくないのか。

『愛してる』からあなたの全てを受け入れた。
あなたの我が儘にとことん付き合う事を決めたんだ。
あなたの望む事にとことん叶える事を決めたんだ。
あなたの気持ちにとことん応える事を決めたんだ。
あなたのむちゃぶりにとことんやってみる事を決めたんだ。

『愛してる』から自分の我欲を棄てたんだ。
自分の思う通りにあなたが動いてくれなくても良い事を認めたんだ。
自分の思いがあなたに通じなくても良い事を認めたんだ。
自分のやりたい事を我慢する事を認めたんだ。
自分のことなかれ主義を棄てて関わり合う事を認めたんだ。
自分の趣味を止めてあなたの趣味に合わせる事を認めたんだ。

大好きと言うのを止めて、あなたを護るナイトになる事で愛してる事を証明する。
大好きだと叫ぶのを止めて、あなたを抱いて満足させる事で愛してる事を証明する。
大好きだよと囁くのを止めて、あなたの欲しがる物を手に入れる事で愛してる事を証明する。
世界中の誰を敵に回しても、どんな苦しい選択でも、あなたの味方になる事で愛してる事を証明する。

だから、そんな悲しい顔で『愛してる?』なんて聞かないでくれ。
だから、そんな切ない顔で『愛してる?』なんて聞かないでくれ。
だから、そんな怒った顔で『愛してる?』なんて聞かないでくれ。

だから、
だから、お願いだ。
『愛してる?』と聞かないで『愛してる』と一言言ってくれ。
2012/09/19 (Wed) 06:36 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の使者


『光の愛があなたの道を照らし、愛の光があなたの歩みの活力になる。』

あなたの愛は満たされていますか。
あなたの愛は誰に満たされているのでしょう。

あなたの処へ訪れている"愛の使者"によって満たされているのではありませんか。
"愛の使者"が誰なのか気づかなくても愛をほんわかと照射されている筈です。酷暑を演出する真夏の太陽光線の様に強烈な愛で照射されたら直ぐに気づき、たじたじになるでしょう。

誰の処へも"愛の使者"は遣わされています。"愛の使者"であることを本人さえ気づいていない場合が多い筈です。
"愛の使者"を自覚している者は人生が楽しくて仕方ない人です。自分の人生が上手く行っているとか、いないとかで楽しい訳でなく、楽しみを見付ける事が楽しくて仕方ない人です。自分を含めて人生を楽しんで貰える楽しさを教えたくて仕方ない人です。
ヒーラーやワークショップを開催している人達だけがそうでは無くて、年齢関係無く明るく強く生きている人は自覚していない"愛の使者"でしょう。

見るもの誰もが笑顔になる赤ちゃんは間違いなく"愛の使者"です。

見るものが恥ずかしくなる程好き好きしている人は間違いなく"愛の使者"です。
"愛の使者"は間違いなく誰の近くにいます。ただ解りにくいだけなのです。

あなたにはライバルはいませんか、間違いなく"愛の使者"です。あなたと競い、あなたを押し上げる為にいる"愛の使者"なのです。
あなたの近くには怒れる人はいませんか、間違いなく"愛の使者"です。怒りで持ってあなたを叱咤激励する鬼教師の姿をした"愛の使者"なのです。

あなたの回りにいるあなたの為の"愛の使者"を探して下さい。思わぬ人が"愛の使者"と気づけばあなたは更に愛に満たされるでしょう。
2012/09/17 (Mon) 08:53 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛は我流


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


あなたは愛の交わし方を誰かに教えて貰いましたか。
誰かが懇切丁寧に教えてくれましたか。
ちゃんと愛してると両親から言われた事がありますか。
間接的にでも愛してると言われていませんか。

あなたは誰から愛を学んだのでしょうか。
誰も教えてくれなかったとしたらあなたは自分で学んだのでしょうか。
だとしたら、その愛は自己流の愛です。

どんなふうにあなたは愛を学んだのでしょうか。
両親が愛を交わしているのを見て覚えたのでしょうか。
テレビの恋愛ドラマからですか。
恋愛小説という本からでしょうか。
歴史という物からでしょうか。
だとしたら、その愛は自己流です。

私達は無意識に目に見える事の意味を知るのに過去の記憶から当て嵌まる、類推できる出来事の意味と同じと判断します。
思い込みがあると極端な場合は見た事実を丸きり違う意味に捉えたりします。
愛情表現も同じ様に思い込みで歪めて覚えたりします。
例えば、ネグレクトを受けて育つとネグレクトを愛情として受け入れ、ネグレクト連鎖を起こすこともあります。
例えば、徹底した否定を受けて育つと誰に対しても否定することが愛情と歪めて理解し、好きになった相手を否定、罵倒する事が愛だと思い込んでしまいます。
そこには自我というレンズが必ず介在しているという事なのです。自分の体験を自我というレンズで歪めて愛情として記憶していくという誤った行動があるのです。
その愛は自己流を越えて自我流、我流となってしまっているのです。

だから、人間は誰の愛も我流です。
2012/09/15 (Sat) 08:46 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛は言葉の力


『今、愛の光が照らし、愛のエネルギーを人の活力にする。』

あなたは誰かを愛していますか?誰かに愛されていますか?
愛している人に"愛しています"と言っていますか。

思うだけでは想いは届きません。
言うのは恥ずかしいですか。一人の部屋で言うのも恥ずかしいですか。
誰も聞いていません、聞いてるのは自分だけです。

一人の時こう言いましょう。
『私は○○を心から愛しています。
○○の盾となり矛となり○○を傷つける物・者から護る事が愛の証です。
私の愛に私は責任を与えます。果たすべき義務を自分に課します。愛をまっとうし、愛から目を背けません。如何なる雷が降ろうと如何なる嵐が襲おうと愛に殉じます。
○○への愛の言葉が私の愛の鎧です。』

それとも
愛の中で生きるためのアファメーションをしますか。
・私は、愛の意識を持って生活します。
私は愛に満ちた目で、自分自身と自分の人生を見つめます。
・私は、自分と他人に対して、愛のある態度を選択します。
・私は、判断、非難、対立を手放し、平和を選択します。
・私は、自分の目に入るものすべてに愛を送ります。一日に何度も心から愛を思い、愛を感じ、愛という言葉を言います。
・私は、積極的に他人を助ける機会を探し、思いやりを示し、あらゆる点で役に立てる機会を探します。
(クォンタム・サクセス サンドラ・アン・テイラー)

愛を口にし、好きな相手への愛を感じ、自分の中の愛を確認することが愛を高め、確かな物にしてくれます。
私達は好きな相手であろうと、愛している相手であろうと自我を介してでしか愛せません。
だから、愛を言葉にして表すのです。
自我で愛が歪もうが、愛自体が歪む事は無いからです。

愛を言葉で口にし、自分の中の愛を信じ、愛しましょう。
2012/09/13 (Thu) 09:42 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

壮絶な愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

恋することは素敵な事です。輝いて見えるから誰もが憧れます。
若いと恋の暗黒面を知らずに迂闊に恋をします。

恋する相手の事を想うと輝いた笑顔になり、想うようにならないと自分の出来事に暗くなるのです。

好きな相手の笑顔を想い浮かべると笑顔になれます。
好きな相手の喜ぶ姿を想い浮かべると嬉しくなります。
好きな相手の事を想い浮かべることは愛にアクセスしていることと同じことです。

恋の暗黒面は自分の事を考える心になると陥ります。
好きな相手に(自分は)嫌われないだろうか。
好きな相手が(自分の)思う通り反応してくれるだろうか。
好きな相手が(自分の)望む言葉を投げかけてくれるだろうか。

好きな相手の事でなく自分の都合を考えることは自分の自我(欲望)にアクセスしていることと同じことです。
それは愛という心を輝かせること無く、相手の気持ちという光を集めたがることです。

暗黒面の心はブラックホールのように好きな相手という光を引き寄せようとして破壊に至る心のことです。自滅が運命づけられた心のことです。
相手の気持ちを自分に向けたくなって嫉妬の炎で身を焦がす事になります。
相手の気持ちが自分以外の人に向く度に妬みという鎖で自分を鞭打つ事になります。

こうして、
暗黒面に堕ちた心は知らず知らずに壮絶な愛を生んでしまうのです。
2012/09/10 (Mon) 12:31 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛を茜色に染めて


『今、愛の光が照らし、愛のエネルギーを人の活力にする。』

秋の夕暮れは茜色に染まります。
その色はオレンジより朱く、赤よりも薄いのです。

茜は日本の色です。

真っ赤な情熱の愛を少し抑えて愛を茜色に染めましょう。
激しく赤く燃え上がるだけが愛ではありません。
落ち着きがありながら熱量を失わない茜色の愛を持ちましょう。

暮れ行く夕暮れの茜空のような情熱の愛を持ちましょう。
はかなくも結末は悲恋と知りながらその時の心のままに、愛を捧げる気持ちに偽り無く、身を任せる茜色の愛を知りましょう。

健全な真っ青な空に浮かぶ太陽のような輝きだけが、愛では無いのだと知りましょう。

茜色が誘(イザナ)う、レトロで真摯でありながら、健やかな愛を知りましょう。
健気でも意志を貫くはかなく細い愛の力を認めましょう。

・・・・
秋茜というトンボが群れ飛ぶ峠から見たあの日の茜雲は、気恥ずかしいくらい素直な思春期の恋心を映していました。
2012/09/07 (Fri) 09:20 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛はぴよぴよ


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

愛はふよふよです。

違う方向から見ると

愛はぴよぴよです。

ぴよぴよはふるふるだからもけもけな訳です。

ふよふよはまはまはなのでたるたるになる訳です。


愛の解釈はひとそれぞれだから他人の愛の解釈を聞くと"もけもけ"と言われているのと変わりません。
"もけもけ"を自分なりに解釈して"ぴよぴよ"としても外のひとには"たるたる"な理由で"まはまは"としか解りません。

むしろ、他人に説明しようとするより行動した方がわかって貰えるでしょう。それが愛は"ひょろひょろ"と理解されてもです。

優しさが心に染み入り、苛立つ心を落ち着かせ、温めるから優しさは愛だと思います。心を落ち着かせ、温めるものは"愛"だと思っている人には優しさが愛です。
その日との成長の為に心を鬼にして厳しく指導する事は指導する人にとって"優しさ"という愛ですが、指導されている人には優しさには感じられず、ただの意地悪にしか思え無かったりするわけです。
こんな時、指導している人の愛は"もけもけ"にしか指導されている人には判らない訳です。

"ふよふよ"でも"ぴよぴよ"でも本質は愛です。愛を感じ信じる事が大切なのです。
2012/09/04 (Tue) 07:03 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

あなたよ、愛を磨け


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


愛は磨きと輝きを増しまさせます。
ダイヤモンドのように加工して研磨して光り輝かせるものです。

女を磨くと称して女性は沢山の習い事をします。
お花、お琴、お茶、和装など旧(フル)くから女性の嗜(タシナ)みを学ぶ事が女を磨く事でより女性らしくする立ち振る舞いを学ぶ事でした。沢山、女性らしく感じさせることができる事が磨かれた女らしい女とされている訳です。

女を磨くように愛も磨くのです。

愛の磨き方は沢山の恋をして色々な愛を体験すること、沢山の人を愛することです。
原石がブリリアントカットでダイヤモンドとして輝けるように一つ一つ磨き挙げる必要があるのです。
愛の体験はあなたの魂を磨き挙げてくれます。
愛の体験があなたの魂を育て上げてくれているのです。

愛の結果を恐れる必要はありません。
愛の結末を嫌う必要はありません。
愛の終末を厭う必要はありません。

全てあなたの愛を磨いてくれるための経験なのです。磨かれれば磨かれる程あなたの愛は光り輝き、素晴らしき光を放つでしょう。

その光はあなたの愛に相応しい人を呼び、更に未体験な愛の体験をさせてくれるのです。
2012/09/02 (Sun) 22:45 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

きゅうとす

Author:きゅうとす
KIN214
白い律動の魔法使い White Rhythmic Wizard
ドリームスペル「青い共振の嵐」の年 律動の月16日(月)

2007・7より観念浄化を始めました。
生来のマイペースで遅々として進みませんが
自分なりに浄化をしています(笑)
きっとこの先には心軽く楽しい人生があると信じて
います。

2011年TUTAYAコミュが閉鎖されるのに伴いこちらのブログに移行します。
愛、恋愛などをテーマに観念浄化ワークと絡めブログアップします。

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