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愛の仕組みⅣ


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

【目次】
成り立ち
目的
感情から見た愛
思考から見た愛
意識から見た愛

第Ⅳ章 思考から見た愛

愛を定義してみて下さい。
愛を例えたり
愛を感じる状況を説明したり
愛を感じてどうなるか言ったり
出来ますが、愛そのものを説明、定義できません。

出来た積もりでも、定義された愛は限定され、卑小化されて、愛の全てを説明していない事に気づくでしょう。

なぜ愛が定義出来ないのでしょう。
定義するのは言葉という思考なのです。
愛は体験という感覚で、思考ではないから定義出来ないのです。定義しようとすると体験を説明することになり、感覚を言葉で表す事になるのです。
思考は個人の体験や感覚の記憶から生み出されるものです。一人一人違うものです。自我と呼ばれる意識から生み出されるものなのです。
同じ体験を同じ時に同じ場所でしても、感じる個人の自我が異なるから違う感覚を記憶する事になります。愛の体験が違うように受け止められるのです。

思考から生み出される言葉で愛を定義出来ない訳は三次元で四次元を説明しようとするような事なのです。

思考(自我)で愛を定義するなら

『(自分や他人を)認め、許し、受け入れること』

『優しく親切に思いやりを持って人に接すること』

となるでしょうか。
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2012/06/30 (Sat) 12:40 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の仕組みⅢ


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

【目次】
成り立ち
目的
感情から見た愛
思考から見た愛
意識から見た愛

第三章 感情から見た愛

感情は驚き悲しみ怒り恐れ喜び嫌悪軽蔑の七つがある。by『イヤになるほど人の心が読める ヘンリック・フェキセウス』

愛を感じる感情は何でしょうか?

喜びでしょうか。
自分や他の人を愛することは喜びです。
愛することは気分がとても良いことです。
心が穏やかになり、何でも許容出来る気持ちになります。
喜びは優しい気持ちになります。優しさはすなわち、プラスの愛です。
喜びが真の愛と人間の愛の両方によってもたらせられることは確かです。

驚きでしょうか。
知らないこと、馴染みないことは常に驚きです。新しい発見を相手にするのは小さな恋をするのと同じです。沢山の驚きの積み重ねがドキドキになり本当の恋になるのです。恋は人間の愛です。
驚きが愛の始まりであることは確かです。

怒りでしょうか。
人が怒りの感情を表すのに二つの理由があります。ひとつは自分の為です。自分の自我の思うように成らない苛立ちから来る怒りです。怒る相手は誰彼構わないので手に負えません。ひとつは他の人の為です。叱ることは怒りと哀しみがないまぜになった感情が取らせる行為なのです。
怒りが人間の愛から来る感情なのは確かです。

悲しみでしょうか。
悲しみには哀しみもあります。心の喪失感を現す感情が悲しみ、マイナスの愛を含んだものが哀しみです。マイナスの愛とは変化を止めてしまう愛の事です。哀しみを与える出来事に心が膠着してしまう事で生まれる愛のことです。
悲しみでなく哀しみが愛の歪んだ姿なのは確かです。
憎しみでしょうか。
愛の反対が憎しみと言われたりしますが、憎しみは愛のスムーズな流れが阻害された時に起きる自我の欲望の感情です。自我の我が儘の感情と言って良いでしょう。
自我の愛着が憎しみを生んでいるのは確かです。

嫌悪でしょうか。
嫌悪の感情は憎しみと優越感が混じり合った感情です。優越感は根拠の薄い比較から生まれます。根拠が薄いからたやすく劣等感に変わります。相手に劣等感を感じる恐れから嫌悪が出てくるのです。恐れは愛を憎しみに変えてしまいます。嫌悪には余り愛はありませんが、形を変えて尚、少しは残っていることは確かです。

軽蔑でしょうか。
愛には引力があり、人を引き付けますが、軽蔑には斥力があります。価値を認めない、許容しないという反転愛です。人は愛の一体感を強く求める一方で、差別を求めます。
自分を特別にしたいという自我の傾きが軽蔑の感情であり、愛ではないことは確かです。

恐れでしょうか。
軽蔑には基準がありますが恐れにはありません。愛が自分だけでなく外にも向かう視線を持っているのに対して、恐れは自分だけしか見ていません。自分を守る事を要求する自我が発する極限の感情が恐れなのです。恐れは自我が実体を持たない事(自我は虚構)を知っている故に作り出している感情なのは確かです。


感情から見ると愛は

愛があるから生まれる感情。
反転愛から生まれる感情。
愛とは関係のないところから生まれる感情。

があるのです。
2012/06/29 (Fri) 20:30 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の仕組みⅡ


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

【目次】
成り立ち
目的
感情から見た愛
思考から見た愛
意識から見た愛

第二章 目的

愛の目的は人を幸せにすることではありません。
愛を感じて幸せな気分に人間がなるのは単なる効果です。

愛の目的は生命体、活動するもの、活性を持つものに"変化の力"を与え続ける事です。それを"生命力"と呼ぶ事もあります。

"摂動"という微細な揺れが素粒子には隠されています。素粒子が余りに微細な為にエネルギーの揺れが位置を確定させてくれないのです。誤差の変動エネルギーが揺れを生んでいるとも言い換える事が出来ます。

原子構造、分子構造、生命構造にまで"摂動"が及んだ結果としての"変化の力"なのです。いつまでも同じ状態を続ける事が出来ないから変わらないでいる事など有り得ないのです。

物質はいつまでも同じ物質ではいないという事です。変動し、押し出し、引き寄せ、エネルギー総量すら変えてしまうものなのです。
その原動力が愛です。

概念的に言うと人間の愛の範囲を超えた事を言っています。人の概念で言うところの愛は人を幸福にするだけのものだからです。だから、真の愛の目的の事になります。

エネルギー保存の法則は厳密に言って誤差を許容しています。観測出来ないエネルギーによる影響を無視しているからです。一般的にはダークエネルギーとか言われるものですが、素粒子の成り立ちを支える高次元のエネルギーです。

真の愛のある次元です。
真の愛の目的は高次元から三次元物質世界に変化をもたらす事とも言えます。
2012/06/28 (Thu) 08:52 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の仕組みⅠ


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

【目次】
成り立ち
目的
感情から見た愛
思考から見た愛
意識から見た愛

第一章 成り立ち

愛には二種類ある。
無償の愛と人間の愛です。
二つは相容れない全く違うものです。
なぜ、二種あるのかという理由は"物事には二面性がある"という言い方や"物質世界は二極世界"という考え方で説明が尽きます。

ひとつながりの"真実の愛"を二つの見方で見ているという事です。
無償の愛は"自我"という人間臭さがなく、人間の愛は"自我"という人間そのものから出来ているという事です。

人間が何故両方の愛を感じ取れるのかと言うと真実の愛から伸びた触手の先端が"人間存在"だからです。
人間は物質である脳が生み出す幻想の存在でなく、"真実の愛"が物質化した存在であり、脳は肉体をコントロールするためのチューニングマシンだからです。

人間が何故両方の愛を感じ取れるのかと言うとこの三次元物質世界はあの世と呼ばれる非物質世界の中にある限定世界だからです。
非物質な存在の一部分が物質世界であり、物質世界に意識を集中固定化しているのが人間だからです。

"真の愛"をベースに世界は成り立っているという事です。
2012/06/27 (Wed) 06:49 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

とある愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


愛されるのに充分なんてあるのだろうか。
いつも優しい視線を感じ、望む時には必ず現れ、必要と思う事はしてくれる。

愛の言葉に溺れたい時にはイタリアンのように情熱的に愛を浴びせてくれる。

愛に包まれたい時には海の優しさのように穏やかに愛の波動を感じさせてくれる。

愛の力に酔いしれたい時には激しく力強く抱きしめて感情の波で夢中にさせてくれる。

愛されれば愛される程愛に飢えてゆく。

愛される喜びに限界など無くもっとを望む。

愛されてる証拠が欲しくて似合いもしない宝石を身につけ、似合いもしない服を着る。

称賛されてる実感が欲しくて歩けもしない靴を履き、まるでピエロな化粧をする。

愛される資格を持ちたくて必要もしないキャリアを身につけ、使いもしないマナーを覚える。

背伸びをすれば足元から崩れるのを承知で、あれやこれやと八方美人を演じて見る。


愛されるのに充分と思うには何をすれば良いのだろう。
愛されているのに充分と感じるのに何になれば良いのだろう。

愛さえあれば何も要らないなんて夢の中のセリフのように言われたいのか。
愛しさえできれば何も持ちたくないなんて幻霧の中のように言われたいのか。

愛される事を止められない、愛しか欲しがらない。
愛の証拠しか望まない、愛の行動の結果を止められない。

愛の無限ループに搦め捕られ、愛の深淵に恐怖する。愛の繰り返しに飽きて、抑揚のない愛のセリフに怒りを覚える。

愛される純粋な喜びを弄び、愛の切なさを笑う。
愛される無垢な初々しさをからかい、愛の畏れを笑う。

愛されることだけを欲する事が何を生み出すのか。
とある愛は何を意味するのだろう。
2012/06/25 (Mon) 06:53 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛は止まない


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

雨は降ったり止んだりしますが、愛は止みません。
愛はよく雨に例えられます。

霧雨
小糠雨(糠雨)
細雨
小雨
微雨
時雨(しぐれ)
俄雨(にわかあめ)
地雨
村雨
村時雨(むらしぐれ)
片時雨
横時雨
涙雨
天気雨
通り雨
スコール
大雨
豪雨
雷雨
風雨
長雨
季節による表現
春雨(はるさめ)
菜種梅雨
五月雨(さみだれ)
走り梅雨
梅雨(ばいう、つゆ)
暴れ梅雨
送り梅雨
帰り梅雨
緑雨
麦雨
夕立
狐の嫁入り
秋雨(あきさめ)
秋時雨
秋入梅
液雨
寒九の雨
寒の雨(かんのあめ)
山茶花梅雨
氷雨
淫雨
私雨(わたくしあめ)
外待雨(ほまちあめ)
翠雨(すいう)
甘雨(かんう)
瑞雨(ずいう)
慈雨

雨はいずれ止みますが、愛は止むことがありません。
霧雨で知らぬ内に濡れてしまうように、気がつかぬ内に愛の暖かさに支えられたりする事もあるのです。

雨はいずれ止みますが、愛は止むことがありません。
優しく包む甘雨(かんう)のように身を任せる心地良さに愛は冷たくはしないものです。

雨はいずれ止みますが、愛は止むことがありません。
淫雨のようにしとしと終わりが無いようななんとはなしの愛は掴めそうで掴めない曖昧な優しさがあるものなのです。

雨はいずれ止みますが、愛は止むことがありません。決して止みません。

雲がはれ、雨の元が無くなれば雨は止みます。
愛は雨のように元が無いから止むことがありません。雨のように振り方や季節などで言い方が変わるかも知れませんが、止むことがありません。

愛は決して止まないのです。
2012/06/23 (Sat) 11:51 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

真の愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


愛は二種類あります。
真の愛と人間の愛です。

真の愛とは無償の愛でもあります。
人間の愛は自我の生み出した愛でもあります。

真の愛を実体とすると人間の愛は幻体です。実体というのは心に響く、詰まり共振出来るという事です。幻体では心に干渉する事が出来ません。自我が真の愛の真似をしているだけなのです。影のように真の愛が心に映っているだけなのです。

真の愛を無償の愛というのは与え切る愛だからです。人と人との間に真の愛が生まれたならそれは"譲り合う"ように見える事でしょう。遠慮するという事ではなく、相手を尊重するが故の態度となるのです。
"魂の尊厳"を信じた行動となるのです。
誰もが高貴なる魂を内に秘めて自我にまみれた演技をしているだけでどんな事が起きようと最後には"魂の尊厳"に目覚めると信じる在り方です。

人間の愛が自我の愛を超える事が出来ないのは自己中心から離れる事が出来ないからです。
自我の愛は"ギブアンドテイク"そのものです。邦訳すれば"与えそして受け取る"ですが真の意味は"奪い奪われる"です。
自我の愛は人と人との間では"奪い合い"なのです。
自我システムが自己中心から始まるが故の行動となります。魂の尊厳や命の尊さなどの次元でなくもっと低次元な単なる利得の問題に陥ってしまうのです。
利己的な遺伝子を持ち出すまでもなく、生き延びる為の確率を最大にする事を目的に自我が生まれたからなのです。
生き延びる事を使命に働くシステムが生み出したのが"真の愛"を真似た人間の愛なのです。
"真の愛"を真似る事でほかの人から利便を引き出す事が出来るのです。もちろん、心理的抵抗がありますが抵抗の壁を薄め低める役割を担うのです。

真の愛は何処から何の為に生まれたのでしょうか。
真の愛は人間が存在する前からありました。真の愛があったから人間が生まれて来れた、進化出来たと言えます。

真の愛は自然の恩恵とも言えます。
真の愛は宗教的に言えば神そのものです。
2012/06/21 (Thu) 10:28 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛の伝染媒体


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』


愛は速やかにひそやかに伝染します。
愛してる相手に愛は伝染するのです。
あなたが深く深く愛すれば愛する程深く伝染します。

愛を伝染する媒体はウィルスです。
あなたの愛だけを詰め込まれた目に見えないウィルスです。
今までに知られたウィルスとはまるで異なる未知のウィルスです。
自己増幅を目的とした既知のものでなく、愛を運ぶためだけに生まれ、役目を終えたら泡雪のように消えてしまうウィルスなのです。
愛のウィルスは愛の想いが実態化したものです。だから深く愛すればウィルスの力も量も増えるのです。

愛のウィルスに感染すると微熱が出ます。
感染元のウィルスが感染者のウィルスと出会うと合体し、熱を発生させて、のぼさせてしまうのです。そして、心臓を早鐘のように打ち鳴らしてしまうのです。

恋している相手の行動や気遣いに心が打ち震えるから、愛に気付くから熱がでたり心臓がバクバク言う訳では無かったのです。

正に恋はウィルス性の病気なのです。

恋を後押ししているのが愛のウィルスだったのです。
愛される事で愛してしまうのは愛のウィルスに感染するからだったのです。

愛の伝染媒体はウィルスだったのです。
2012/06/18 (Mon) 10:50 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

伝わらない愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

コミュニケーションするうえでよくある誤解のひとつは、相手から手応えのあるフィードバックが返ってこないのを、相手に反対されたと解釈することだ。実際は、相手が理解できる方法でこちらの考えを伝えるのに失敗した、というだけのことかもしれない。
by 『イヤになるほど人の心が読める ヘンリック・フェキセウス』

読心術をキーワードに掛かれた心理学の本ですが、人がいかに他人を理解出来ないか、理解するにはどうしたら良いのかが書かれてます。

人は五感のひとつを主体的に頼ると言います。
視覚情報に頼り、視覚的情報処理を主にする人を視覚人間と言います。
聴覚情報に頼り、聴覚的情報処理を主にする人を聴覚人間と言います。
主体的に頼る感覚を六割とすると他の感覚は一割づつしか使っていないという事のようです。
自覚していないけれど、均等に五感を感じていないという事です。

五感を普通に感じている事を均等に感じていると思い込んでいるという事です。
そして、自分の主体的感覚と相手の主体的感覚が同じであるという誤解が意志疎通を阻んでいるという事です。

あなたの愛が相手に伝わらないのはあなたが相手の主体的感覚に訴えていないからなのです。
視覚人間にはビジュアルが浮かぶような言葉遣いで愛を伝える。
聴覚人間には音楽でムードを盛り上げて愛を伝える。

そんな愛を伝える伝え方が必要なのです。
2012/06/17 (Sun) 10:02 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛は最凶


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

愛は最強です。

愛にとって人間の魂など風に吹き飛ばされる塵芥のようなものです。愛に巻き込まれ翻弄されるほど、愛は最凶なのです。

愛は全ての事を無視して進む力を与えます。恋するものが抱く欲望の源にある愛は最凶です。

愛はだれかれ区別無く、襲い掛かる強い衝動です。きっかけすら判らずに無我夢中にしてしまうほど、最凶なのです。

愛はいつなんどきでも、都合関係なく沸き上がる見えない衝動です。突き動かされている事を自覚しないくらい深くコントロールしているほど最凶なのです。

最強である愛は最凶であるゆえんは人間にはどうにも出来ない事、愛になすがままという事です。

愛が最凶で無く、最善にする為には愛の前に無力である事を自覚して、愛に逆らわない事です。

愛に身を任せ、愛とひとつになり愛の力を纏(マト)った時あなたは愛に生きられるのです。
2012/06/16 (Sat) 15:09 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

I AM 愛


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

私は愛です。
誰も愛と認めてくれません。
自分でも時たま自信が揺らぎます。

愛だった筈・・・いや、愛です。


思い起こそう。

生まれ経ての時、両親の顔は喜びで輝いていたでは無いか。
あれは自分を見て、愛の喜びに打ち震えていた顔だった。
自分が愛だったからでは無いかと思う。

おすわりが出来る頃あちらこちらにたくさんの笑顔があった。
座っているだけで自分が愛だと判った。

自分の想いを回りに伝えられるようになり始めて、笑顔が消えて行った。
愛でない想いを伝え始めて愛以外のものになっていったのかも知れない。

一端の人間ぶる頃には自分が愛であることを忘れていた。

愛を思い出したのは初恋を経験したからだ。
愛である自分と人間である自分の狭間で悩み苦しんだ。
愛でいようとすると人間の欲望が身を焼いた。
人間であろうとすると愛が悲しんだ。

どっち着かずの想いを胸に抱いたまま大人というものになった。

社会という様々な人間に揉まれて自分の上に人間をなんじゅうにも重ねた。
そして、愛らしい君に出会った。
お互いの愛を確かめ合うことで新しい愛が生まれた。

結局、愛は何処にも行っていなかった。
全く、愛は消えてしまっていなかった。

自分は愛だった。

I AM I
愛 AM 愛
2012/06/11 (Mon) 20:25 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛してるって言わてくれ


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

あなたは誰を一番愛してますか。
一生の伴侶ですか。
産み育ててくれた両親ですか。
それとも自分ですか。

愛している人に"愛している"と言っていますか。
行動することも大切ですが言葉にすることも同様に大切なことです。

言葉は想いを伝えるバイブレーションです。
バイブレーションの高いゆっくりした音程は女性的な優しさを伝えます。
バイブレーションの低いゆっくりした音程は男性的な信頼感を伝えます。

バイブレーションの速さによって相手の基本的生活テンポを伝えて来るのです。
心の安定感を感じさせるのがテンポです。速いテンポはせかせかした印象を与え、遅いテンポはどっしりした印象を与えます。
心の中の思考の速さを伝えるのがテンポです。速いテンポは頭の良さを感じさせ、遅いテンポは愚鈍な印象を与えます。

バイブレーションの強弱によって相手の基本的生活リズムを伝えて来るのです。
心の感情の豊かさを感じさせるのがリズムです。大きなリズムは心が波打つ感情の変化を伝え、小さなリズムは心が動かない感情が平板なことを伝えます。

想いを言葉にすることが大切です。
"愛しています"と言うより"愛しています"と言われましょう。

"愛しています"と言われるにはきちんと自分の"愛の想い"を伝える必要があります。"愛の想い"を伝えるには想っているだけでなく、"愛の想い"を行動にしましょう。
好きな相手に何かをする時にその想いを口にしましょう。素直な"愛の想い"を伝えながら行動すれば必ず"愛しています"と言われるはずです。

驕(オゴ)りや気負いがあると厭味に聞こえてしまうかも知れません。

素直さはその人のバイブレーションを揚げ、テンポをゆっくりにし、リズムを軽やかにします。
驕(オゴ)りや気負いはバイブレーションを下げ、テンポを早め、リズムを重苦しくします。
驕(オゴ)りや気負いを捨て、素直に"愛の想い"を行動にして好きな相手に"愛しています"と言って貰いましょう。
2012/06/09 (Sat) 20:40 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛が恋と違う理由


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

恋をすると、人は狂います。
恋をすると、人は苦しみます。

相思相恋ならば
狂わないのでしょうか?
苦しまないのでしょうか?

恋をすると感情のエネルギーが増大します。
ちょっとした気持ちの揺らぎが大きく振幅し、自制を簡単に越えてしまいます。だから、狂い苦しむのです。

恋は"私"という意識がするものです。
"私"という意識は自我のことです。自我は常に自分中心に自分が不利益を被らないかどうかで判断をしています。恋はギブアンドテイクなのです。

愛は"私"という意識でない"他者"がするものです。
"私"の行為を"他者"が愛であるかどうかを判断して受け取るか受け取らないかを決めています。"私"の気持ちが愛の積もりでも"他者"はそうゆう風に受け取ってくれない場合もあるのです。逆に"私"が意地悪の積もりの行為でも"他者"にとって愛の試練と受け取る場合もあります。
"私"の行為の結果が"私"の思う通りに行かないと考えて、ヤキモキして狂い苦しむのです。

愛と恋は彼岸の違いがあります。
でも狂い苦しむのが同じなのは"私"が"恋してる"、私が"愛している"と同じように思い込んでいるからなのです。
2012/06/07 (Thu) 10:17 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛のラポール


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

ラポールの仕組み
"僕があなたと似通っていれば、あなたは僕を理解し、僕に好感を持つ。僕に好感を持てば、あなたは僕の意見に賛成したくなる。"
"ラポールとは調和と友好的な関係の構築・回復"という意味のフランス語から来ている心理学用語です。ラポールが無いと心理的な信頼の絆が無いという事です。
ラポールを築くという事は相手に自分に対する好意を抱かせる事とほぼ同義なのです。
それは愛の種と言って良いでしょう。

ラポールを築く方法として"相手の真似をする"方法があります。猿まね程露骨にすると嫌がられる以上に嫌われたりしますので注意が必要です。
良く犬が飼い主に似るとか似た者夫婦などと言われるのもラポールが築けている証拠なのです。
"相手の真似をする"のはちょっとした仕種、癖、言葉の抑揚、声の質、話の言い回しなどを気づかれない程度にして行くのが良いようです。

普段気づかずに"相手の真似をする"ことはあるようです。相手に好意を抱いていると自然とでてしまうもの、ラポールと気づかないで振る舞っているという事です。

ラポールを構築することは相手に親近感を抱かせると同時に自分も相手に好意を抱くという事に繋がります。
それは相手と自分を同一視する事で自他の壁を乗り越え、全てを受け入れる愛の事です。
2012/06/05 (Tue) 12:05 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛の構造


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

愛には形があります。
愛を形成している構造質があり、愛の初期形態から高度処理形態への変遷があるのです。

愛を形成している構造質とは"観念"というパターン化、固定化した想念です。ウィルスのように自己複製したり、想念に寄生したりします。寄生する事で想念を一定のパターンに落とし込んでしまいます。

愛の初期形態とは"感情のもつれたエネルギーの流れ"です。好きを意識し始めた擾乱した、混乱している意識の状態です。
愛の想念が固まり観念になるとパターン化した想念を判別し、たくさんの愛を判るようになります。
恋愛や片思いや不倫や相思相愛などの愛にまつわる経験を重ねる事でたくさんの愛の観念を持つようになります。

たくさんの愛の観念を持つようになると、愛の観念同士が結び付き"愛の指向性"が生まれます。
"愛の指向性"は愛はかくあるべしという観念を"愛の理想"とでも言うべき抽象的観念を生み出します。
これが愛の高度処理形態という役割を果たします。
高度処理形態の愛は自我で歪んだ愛の観念を自己浄化します。
"愛の理想"が自己都合という欲望を浄化するからです。欲望に偏向した愛のバイアスを修正するのです。


愛の構造は自己組織化により変化します。
自己組織化の力は経験が生み出します。
だから、高度な愛を持ちたければたくさん愛の経験を積むべきなのです。
2012/06/03 (Sun) 17:51 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

愛しき肉体(マイスイートバディ)


『愛の光が今を照らし、愛のエネルギーが人の活力になる。』

自分の心のケアをするのと同じく肉体のケアをしていますか。

毎日朝に顔を洗う、歯を磨く、手を洗う。
毎日規則正しい生活をする、必要な時間に眠る、起きる。
毎日食べる食事のバランスに気を遣う、食べる量に気を遣う、食べる時間に気を遣う。

生活全般を見直す事は肉体のケアになります。

運動不足の解消に走る。
栄養不足の解消にサプリメントを飲む。
寝不足の解消に休日はダラダラ寝溜めをする。
少しも肉体のケアになっていません。むしろ本末転倒であり、やらない方がマシです。

肉体は精神に従います。
急激な変更や無理な命令には従えないだけです。
一番効果的なのは"お願いすること"です。
お願いすることの前提には"感謝すること"があります。
更に、感謝する前に意識の変更が必要です。
漫然とした生活意識から健康に留意した意識になる事です。

『漫然とした生活意識』⇒『健康に留意した生活意識』⇒『肉体に感謝』⇒『肉体にお願い』⇒『肉体が精神に従う』
と言った順序です。

この順序を起動するにはアファメーションが最適です。
アファメーションとは『自己宣言』の事ですが、いくつかのセンテンスで自己に意識変更をもたらし、現実に影響を与える事の出来るスピリチュアルツールです。

毎日アファメーションすることで『愛しき肉体(マイスイートバディ)』が実感できるようになります。
実感に程遠い変化しか無い時は心の中に意識変化をブロックする観念が潜んでいるのかも知れません。
2012/06/01 (Fri) 12:27 |恋愛および愛 |トラックバック(1) |コメント(0)

プロフィール

きゅうとす

Author:きゅうとす
KIN214
白い律動の魔法使い White Rhythmic Wizard
ドリームスペル「青い共振の嵐」の年 律動の月16日(月)

2007・7より観念浄化を始めました。
生来のマイペースで遅々として進みませんが
自分なりに浄化をしています(笑)
きっとこの先には心軽く楽しい人生があると信じて
います。

2011年TUTAYAコミュが閉鎖されるのに伴いこちらのブログに移行します。
愛、恋愛などをテーマに観念浄化ワークと絡めブログアップします。

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