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看取る愛


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

人が亡くなる時に近くに肉親がいないのは寂しい事です。誰かに看取られないないなんて辛いでしょう。
この世を去るのを看取られるというのは旅行に行く時に見送りされるのと変わりません。行ってらっしゃい、気をつけてねと言ってくれる人がいた方が嬉しいものです。

看病するという事も付き切りで病気の面倒を看てくれるという事であり、心強いものです。
自分一人では思うように動かない体を推して何かをするのは辛い事です。なにくれと細々と世話を焼いて貰えるのは奉仕して貰えているようでくすぐったい気持ちになるものです。独身で風邪など引いて寝込んだりしたらひとりみの侘しさを味わう事でしょう。

看取るという事は愛なのです。相手の為に尽くすという事です。好きという感情で無くて憐れみや同情からの看取りにも愛が含まれているという事です。

"同情するなら金をくれ"とは酷く切実で現実的な言葉ですが同情という愛が心に燈す温もりが大きい事もあるのです。金をくれと言って貰った金に悪想念が篭っていたら病気を引き寄せるかも知れません。

愛という見えない基準を考えるなら、誰にも看取られ無くても幸せに旅立てるかも知れません。見えない愛の魂が迎えに来てるかも知れないからです。
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2012/02/29 (Wed) 06:50 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛は物質


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

人は好きになるとむやみやたらと"愛してる"と言います。
"凄く好きで堪らないこと"を愛してると言います。
"四六時中気になる相手の事ばかり考えてること"を愛してると言います。
"優しく接しておもんばかること"を愛してると言います。
"気持ちを察して労ること"を愛してると言います。
"誰にでも親切で人当たりの良いこと"を愛してると言います。

"愛してる"は人の好意、厚意、行為として現れて来ます。
"愛"が物質化しています。手に触れる物質でなくて、見ることの出来る行動としての物質化です。

"愛"とは人間が生み出した概念です。その本質は人に喜びや生きる力や活力を与えてくれる"何か"です。
"愛"という言葉にした途端、それぞれが勝手に物質化します。人それぞれが違う"愛"を手に入れる事が出来るのはそういう訳です。

人それぞれが手に入れる"愛"は聞いて来た事や経験から解釈して概念化した"愛"です。愛してる相手と同じ"愛"を囁きあっていると思うのは大きな間違いです。価値観の違い以上に大問題であることを大概の人は気づけません。

真に愛し合いたいなら"愛"を物質にしない事です。
2012/02/27 (Mon) 12:34 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛を失う時


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

愛されていたはずなのに別れを切り出される。

愛が冷めてしまった。
他に好きな人が出来た。
嫌いな所が増えすぎてもう耐えられない。
・・・・

そう、言われたらあなたはどうしますか。
びっくりしますか。
泣きますか。
喚きますか。
怒りますか。
納得しますか。
逃げますか。
理由を問い質しますか。
・・・・

あなたの態度で愛は失われます。
あなたが愛を堅持するなら愛は失われません。

相手の気持ちは言葉や態度でどうしたいのか解ります。でも遠い世界の出来事のようでしょう。正にあなたの愛には関係が無い出来事なのですから。
あなたの愛が執着から来る愛なら別れる事に苦痛を感じるでしょう。
あなたの愛が依存から成り立つ愛なら愛して貰えない事は不安を感じるでしょう。
あなたの愛が真の愛ならば愛を抱く相手に因らずあなたの想うとうりに愛は消えず、愛を再認識し、愛する事ができる事を知るでしょう。

あなたの想う相手の言葉に従い、逍遥と受け入れると決めたならあなたの愛は消えるでしょう。
あなたの想う相手の言葉は言葉としてあなたの内に愛を見つけつづけるならあなたの愛は消えないでしょう。

あなたの愛を消すにも消さないのもあなた次第です。あなたの愛を捨てるも持ちつづけるなもあなたの愛の在り方次第です。

愛を失う時はあなたが決めるのです。
2012/02/25 (Sat) 09:23 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛に出会うまで


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

様々な恋をしてきたでしょう。

恋に憧れたりしたでしょう。

恋に破れたりしたでしょう。

恋未満の淡い恋は経験したでしょうか。
叶わないと判っていた悲恋は経験したでしょうか。
お互いが必須と思えた激しい恋は経験したでしょうか。

思い当たる恋はあったでしょうか。それとも、もっと違った恋をしてきたのでしょうか。あなたの恋は似た恋があったとしてもあなただけの恋です。あなたの恋の蓄えはすればするほど増えます。そしてその恋の経験はあなたの認識を変えて行きます。
恋にはルールがある。
恋は冷めるものだ。
恋ほど多様なものはない。恋って素敵〓
恋は苦痛をもたらす。
恋は・・・
恋に対する認識が深まり、恋を深く知る事になります。

でも、愛にはなりません。
恋はするもの。
愛は抱くもの。
だからです。

恋を沢山すれば愛に出会い易くなります。でも一度の恋で愛に出会う事もあります。
愛に出会うまで恋が出来ます。愛を知ってしまうと恋がくすんでしまいます。愛があるのに恋が出来るというのはその愛が本当は恋でしかないという事です。

愛に出会うまで

恋をしましょう。
2012/02/23 (Thu) 12:34 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の赦し


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

優しくありたいという想いに易しく出来なくなっている自分に気づきます。いつも優しくありたいのに気分が荒れたり、訳の解らない不安に襲われて優しくなくなるのが嫌になります。

優しい気持ちで何にでも接して気分良く居たいのに何故に気分が変わるのでしょう。
気分というのは心の状態を表す言葉のひとつです。
心の色が明るいか暗いかという言い方もします。
心の状態が波打っているか静かでいるかという言い方もします。

気分というのは変わりやすいものです。ちょっとした状況変化で変わります。天気が良ければ吸い込む空気さえ気持ち良く感じるような微妙さを持っています。
気分というのは変化する事で心の鮮度を保っています。何時までも同じ気分に留まっていると腐って来るものなのです。腐り切ると心が動かなくなってしまいます。

いつも優しくありません。気分は振り子の様に反対の気分になると思っているようですが、冷たくなる必要など無いのです。バランスを取るのに直ぐさま取る必要などありません。
優しかった次はおちゃらけたって良いんです。はっちゃけたって良いんです。気分の良い感じで揺らぎましょう。

自分に対して愛の赦しを与えましょう。気分が変わることを赦しましょう。
自分に対して縛りを創ると気分の良かった分以上に気分を害さなくてはならなくなります。

優しくありたいという想いを叶えられなくなります。
2012/02/21 (Tue) 11:58 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

星を超える愛


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

愛を超える愛はあるのでしょうか。
星をも超える愛はあるのでしょうか。
人がほし(地球)を超えて生活するようになり、意識が重力から解放されれば変質するでしょう。

物質に執着する意識から解放されるでしょう。
所属する地域への帰属意識から解放されるでしょう。
生物としての自己保存本能意識から解放されるでしょう。
愛に対する感受性の低い意識から解放されるでしょう。

言わば"宇宙意識"になるでしょう。アストロノーツが宇宙から帰還すると地球への"愛"を説くのはその為なのです。
"宇宙意識"からの愛は愛を超える愛です。
"宇宙意識"からの愛は星を超える愛です。

いづれ生まれるスペースノイドはアースノイド以上の愛を持つ事になるでしょう。
2012/02/19 (Sun) 20:44 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の基本法則


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

愛には法則があります。
ひとつ、愛は人それぞれ違う。
ひとつ、愛は与えてから受け取る。
ひとつ、愛は活きる力になる。
ひとつ、愛は形を持たない。

判っているようで判っていないことも多いのです。

愛が人によって違うのは自我のせいです。自我が愛の体験をさせるのです。愛の体験が人それぞれの愛を生み出すのです。

愛が与えないと受け取れないのは心に愛の入る場所が無いからです。例えるならブロックトイのようなものです。心から星型の愛を取り出して与えるから相手からの愛を星型で受け取れるのです。無論、相手にも星型の愛が無ければそのままでは受け取れません。あ、大きさもありますが。

愛が活きる力というのは"生命エネルギー"を活性化する力があるという意味です。未知の世界からの生命エネルギーを愛と呼んでも良いですが、法則としては愛がエネルギーを活性化させて人間を人形から生き物に変えていると言う事です。生命エネルギーが活性化している状態を"生きている"と言い、生命エネルギーが潜在化している状態を"生きていない"と言っている訳です。

愛が形を持たないというのは物質的に存在しているように目視出来ないという意味です。心でイメージしても愛には形がありません。だから自分だけの愛を持つことが出来る訳です。

愛の法則は判っていないと上手く愛を扱えません。
愛に振り回される結果になるのはこのためです。
2012/02/17 (Fri) 11:32 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛される覚悟


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

愛する事は覚悟がいることです。生半可な覚悟では愛することは出来ません。

ただ、大好きなだけでは愛しているとは言えません。いつでも好きでなくなることが出来るからです。

だだ、好ましいだけでは愛しているとは言えません。鬱陶しい気持ちになることが許されるからです。

ただ、安心できる相手というだけでは愛しているとは言えません。不安にさせられることもあるからです。
愛する覚悟が無いと愛しつづける事は不可能です。
愛する覚悟とは愛している事に責任を負うという事です。状況や気持ちの変化に愛が変わらない事を保証することです。

愛する覚悟が無いと愛を受け止める事は不可能です。愛を受け止めるというのは相手のすべてを受け入れる事です。相手の人生、生き方、情熱、想いなど全てが愛として顕れているのです。

恋は愛ではありません。
愛よりも心が一段下にあります。
相手に対する責任がありません。
相手に対する覚悟がありません。
相手に対する誠意がありません。
相手に対する奉仕がありません。

愛する覚悟とは愛される資格です。
愛される覚悟とは愛する覚悟です。
そこに肉体的滅びを超えた一貫した愛があります。
2012/02/15 (Wed) 06:31 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛される資格


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

あなたには愛される資格がありません。
憤りを感じるかもしれませんが本当の事です。
また、不思議に思うかもしれません。

では何故、あなたは愛される資格があると思うのでしょうか。
愛されないとあなたの身に何が起きるというのでしょうか。

無自覚の内に私たちは自分に価値が無いことを恐れています。価値が無いと生きて行けないと思い込んでいるのです。
だから誰かからあなたには価値があると認めて欲しがっています。
認められる事、即ち愛される事です。
認められる事、即ち必要とされる事です。

無自覚の内に私たちは価値を生み出していると思い込んでいます。
あなたの仕事が誰かの為になっている筈と思う事であなたは仕事をすることが出来ます。仕事に誇りを持って続ける事が出来ます。
価値が自分にある筈と思う事で生きていると言えます。

蝶々は価値を生み出しているでしょうか。価値を認めて欲しがっているでしょうか。
人も本来無価値です。
だから自我も無価値です。しかし、愚かにも自我は自我に価値があると思い込んで、価値を生み出しているいる積もりでいます。
また、他の自我にも価値を認めて貰う事が自我の価値と錯覚しているのです。

自分に価値を見出だす努力など必要無いのです。自分が愛されるようになる努力など必要無いのです。
"愛される資格"というものは元々無いのです。
資格を求める事自体がナンセンスなのです。

あなたはあなたのままで良いのです。
蝶々が無心で飛び回るようにあなたはあなたのしたいようにすれば心も自由でいられるのです。
2012/02/13 (Mon) 10:30 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

幼子の愛


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

母親しか頼る術がない幼子は全面的に母親を信頼しています。母親の態度が良い母親なのか悪い母親なのかなど知りもしません。自分に接する母親の態度が全面信頼の答として受け入れているのです。
愛という言葉にこだわる大人と違って幼子は相手を条件付けずに受け入れます。お腹が空けば泣くし、おしめが濡れて気持ち悪いなら泣きます。泣いてなにかの要求があることは伝えますが、痛い痒いで無ければ泣く事は無いのです。母親が傍についていてくれさえすればご機嫌でいられるのです。
幼子愛は全てを受け入れる愛なのです。
なんだかんだと屁理屈を言うのが愛ではなく、あるがままそのままが愛になっているのです。
幼子の愛は相手を選びません。幼子の望む事をしてくれさえすれば誰でも良いのです。
幼子の愛は物を望みません。淋しい唇だけを塞いでくれるおしゃぶりを望むだけです。
幼子の愛が望むのは温もりだけです。母親の温もりでなくても良いのです。優しく温かに触れてくれる体温を望んでいるだけなんです。ドキドキと高鳴る心臓の鼓動を望んでいるのです。
大人になることは母親を信頼しなくなる事です。
大人になることは自分を頼みにするようになるという事です。
大人になることは
幼子の愛を昇華して自分の愛を手に入れる事です。
2012/02/11 (Sat) 08:30 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛は目に見えない?


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

愛は目には見えません。何故だと思いますか。

心の現れだから"目に映らない"のでしょうか。
元々、人の創った幻だから"目に映らない"のでしょうか。

実は"愛"は目に映るのです。でも受け取る側が無意識に無視をしています。
目に映っていても意識できていないと言った方が正しいでしょうか。

愛は焔が吹き出るように見えます。人に拠っては強風が吹き付けるようにも見えます。
常に映る訳では無く目に映るのは一瞬以下です。それも愛の感情が高ぶった時だけです。
目に写ったものが何だか解らないからそれを無意識に無視してまうのです。
でも、無意識下に記憶しています。その記憶の堆積が温もりや心地良さです。

マンガの背景に描かれている効果などはその現れと言えるでしょう。

愛は見えないものという思い込みが益々あなたに見えなくしています。
思い込みを外して素直な気持ちで大好きな相手に接してみませんか。愛が相手に届けば大好きな相手の表情が変わり、愛が相手の目に映った事が分かるでしょう。
2012/02/09 (Thu) 10:16 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の羽交(はが)い


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』


子供の頃は誰でも親の愛の羽交いの下にぬくぬくと生きて来ました。ぬくぬくしている間は溢れんばかりの愛に包まれている事に気がつかないものなのです。
目に見えない霧雨に気がつかない内に濡れてしまうようなものなのです。

羽交いは言葉で与えられます。"ああしなさい""こうしてはいけない"という言葉は子供ごころには煩いとしか聞こえません。でも親心という愛から出る言葉です。でも子供ごころには親のエゴにしかられません。
愛の羽交いの外で起きた出来事を親は出来るだけ子供には影響を与えぬように努力します。"大丈夫、何があっても守るから"と羽交いの外へは出さないようにします。羽交いの下に守ろうとします。

羽交いに頭が当たる位に成長した子供には羽交いが邪魔になります。反抗期を迎える訳です。

愛の羽交いは抜け出て初めて解るものです。
自分が羽交いをするようになって初めて愛の羽交いの難しさと有り難さが解るものです。

羽交いとは親の愛なのです。
2012/02/07 (Tue) 08:06 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

あなただけの愛


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』

あなたの愛は素晴らしい愛です。
でも偏っています。
あなたの経験から導き出されたものですから、あなたの経験のない愛については含まれていません。

例えば貴方は"老いた母の愛"を知っていますか。
貴方が子持ちで老婆でなけれ゛その心の中に潜む"老いた母の愛"を知り得ません。推測や知識は"老いた母の愛"を実感させてはくれないのです。

例えば貴方は"病魔に冒された最愛の人を持つやるせない愛"を知っていますか。
病気を代わってあげられないし、病気を治す事も出来ないし、看病する事もままならないけど何とかしてあげたいという思いで苦しんでしまう愛です。そうなんだろうなあと思えてもその苦しさと愛の実感は無いのです。

例えば貴方は"力不足で会社経営に絶望した中小企業の社長の妻の夫を想う気持ち"を知っていますか。
自分以外に社員の生活を守れる人はいないし、守らなければならないのは自分の勤めと覚悟している愛は社長という立場に無いと実感は難しいものです。

例えば貴方は"愛する人々を守るために死地に行かざるを得なかった戦士の故郷に対する愛"を知っていますか。
愛する人々と暮らす喜びを棄てて、義務と規律の中で敵と相対する恐れを超えて愛する人々を護っている実感もないまま正義に煩悶する愛は窮地に無いと解り得ません。

貴方の経験は貴方だけしか出来ません。貴方の経験する愛は貴方にしか実感出来ません。
だから、貴方の愛は唯一の愛なのです。
他と比較して優劣を競うものでも無く、愛の大きさに歎くものでもありません。
あなたの愛はあなただけの愛なのです。
2012/02/05 (Sun) 09:38 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の仮面を被った悪


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』


正義とは何でしょうか。
正義とは独善の別名です。
誰かの正義は誰かの悪であり、誰かの悪とは誰かの善であり、正義と悪は相対的な価値観である、というのが現代的な解釈です。

善とは何でしょうか。
善とは独善の別名・・・・だけではなく、絶対的な価値観もあります。
善を考える時悪も定義しなければ判りません。

悪とは愚鈍さに尽きます。出来ない事を無理に力付くで押し通す、自分の都合に無理矢理合わせる事が悪の始まりです。そのエネルギーの源は自我です。

それゆえ、善とは聡明さになります。全体を見通し全体がウィンウィンになるようにバランスを取れる事が善の始まりです。そのエネルギーの源は愛です。

自我のエネルギーからの愛は愛の顔を見せていても悪です。建前と本音という二面性を携えた愛です。他の人には要請しても自分は執行しない愛です。その時々で臨機応変と言う自己都合を優先させる愛です。
人の本質は善ですが、自我に埋没した時悪の華を咲かせます。泥沼の中に咲く華は表は綺麗に見えても裏は泥だらけです。見映えは良くても心の内は汚れています。
清濁合わせ飲むなどと言って世の中は綺麗事だけでは渡って行けない事を諭しますが、悪心と気づかずに悪を誰もが行って来た訳です。純粋だけでは生きて行きづらいから多少の不正は見逃すような生き方を大人になるなどと言って、悪心を育てて来た訳です。

はっきりと自分の心と行動を見詰め、悪心がどこからやって来たのか知るべきです。そうすることで心に聡明さが宿ります。善の種を植える事が出来るようになるのです。

愛の仮面を被った悪とは自分自身に他ならない事を知ることが善への一歩なのです。
2012/02/03 (Fri) 12:05 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

辛口な愛


『愛無くして生きる価値なく、愛無くして活きる力なし』


あなたの廻りには心置きなく話せる人はいますか。

あなたの廻りにはズケズケと言って来る人はいますか。

見知らぬ人と話をするときには丁寧な言葉遣いになります。これは意識するしない以前に相手を探っている為です。話をして相手を見ている、様子を伺っているのです。詰まり、相手を信頼していないという事です。

相手を傷付ける事を恐れない人は歯に絹を着せない言葉遣いをします。
丸ごとの自分を受け入れて貰えている事を確信している人は言葉に澱みがありません。

素直な言葉で語らえる人々はお互いに信頼の絆で結ばれています。

相手の言葉に過剰反応して腹を立てる人は相手を信用していません。いちいちむかつくなあと思うのはあなたに思い当たるところがあるからであって相手が悪い訳では無いのです。
むしろ指摘を素直に受け入れない自分を反省した方が良いかも知れません。

辛口の言葉を愛と感じられるならあなたと相手は信頼の絆、すなわち愛で結ばれているのです。
2012/02/01 (Wed) 06:38 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

きゅうとす

Author:きゅうとす
KIN214
白い律動の魔法使い White Rhythmic Wizard
ドリームスペル「青い共振の嵐」の年 律動の月16日(月)

2007・7より観念浄化を始めました。
生来のマイペースで遅々として進みませんが
自分なりに浄化をしています(笑)
きっとこの先には心軽く楽しい人生があると信じて
います。

2011年TUTAYAコミュが閉鎖されるのに伴いこちらのブログに移行します。
愛、恋愛などをテーマに観念浄化ワークと絡めブログアップします。

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