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愛の鎧


身を護る方法はいくらでもありますが、目に見えない攻撃を受けている時はどうしたら良いのでしょうか。
どんな事が攻撃なのでしょう。
悪意の直接攻撃
悪意の包囲
悪意の婉曲攻撃
悪意の関係者攻撃
悪意の悪運引き寄せ
悪意の善意の見せ掛け

悪意と判れば良いのですが判らない場合もあります。霊的能力が合っても騙される事があるのは霊的能力に頼り過ぎる時ですね。霊視して神々しく見えたり、思っている通りの歴史的人物であったりすると疑う事なく信じてしまう訳です。
悪意の持ち主が必ず悪意剥き出しで襲ってくる訳ではないのです。禅の教えの『仏にあったら仏を殺し』ではないが、権威等に盲信しない事も大切ですね。

悪意が自分の大切な人達を苦しめる事もあります。事件、事故を引き当てて苦しませるのです。事に意味が無く意味付けているのが自分であると判っていればさほど効果ないですが、物欲に意識を留めているならかなりの効果を上げる事が出来るでしょう。

最も悪意らしいのは、善意の仮面を被った言葉や行為ですね。おためごかしというのが一番効果あるのかも知れません。疑心暗鬼にされて誰も信じられなくなるのが辛くなる事でしょう。
これら悪意の攻撃をどうしたら良いのでしょうか。
避ける
逃げる
無視する
敢えて正面から対抗する
どれも一定の効果はあっても根本的な解決には為りません。

『愛の鎧で武装する』のがいちばん良いのです。

右腕に愛のパワーを
左腕に愛の勇気を
胸に愛の熱を
顔に愛の祈りを
武装する。

愛の熱で悪意の冷気を消滅させ、愛の勇気で卑怯の震えを抑え、愛のパワーで悪意の疑心を砕き、愛の祈りで運気の低下を抑える事が出来ます。

愛だけが悪意に対抗し、打ち破ることが出来るのです。
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2011/10/30 (Sun) 16:31 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の補完計画


信頼
優しさ
いたわり
思いやり

愛を表す形容詞であるがどことなく大人しい。

愛を得た時は感情が高ぶり目眩(めくるめ)く愛に包まれます。
愛を得た時とその後は愛が違うのでしょうか。

愛の高まりはなぜ続かないのでしょうか。愛にエネルギーがたりないからでしょうか。
愛の輝きはなぜ続かないのでしょうか。愛に力がたりないからでしょうか。

愛に力を与えましょう。
愛にエネルギーを与えましょう。
愛に足りないものを補完する、愛の補完計画を発動しましょう。

どうすれば愛にエネルギーや力を与えられるのでしょうか。


太陽は本当はただの光点ではありません。近付いて見れば分かるように
ダイナミックで
激しく
烈しく
活動的で
休む事なく燃え上がり
揺らめき
輝き
熱を放射しています。

宇宙は心を体現していると言われています。
太陽は"愛"が現実化したものなのです。


愛が優しく穏やかで心地好いのは私達の心が愛から遠く離れてしまっているからなのです。もっと愛に近づけば
愛は力強くエネルギーに満ちたものになります。
でも
太陽に近づき過ぎるとその焔で私達は焼かれて消滅する体です。

愛の補完にはもっと愛に近づける強い心や魂が必要なのです。
もっと純粋に愛と一体となれる強い心と魂が必要なのです。
補完にはネガティブな愛の統合が大きな力となるでしょう。

憎悪、嫉妬などの愛の歪んだエネルギーを昇華させて愛のバージョンアップを図り、自身のアセッションを成し遂げなければ真の"愛の補完計画"は完了しないのでしょう。
2011/10/28 (Fri) 09:41 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛が未来を救う


未来とは何で出来ているものでしょうか。

今という時の充実感で出来ているものです。

今、しっかりした学びがあって未来の合格があります。
今、ちゃんとした働きがあって未来の成功があります。
今、まともな想いを持って生きて未来の幸せがあります。

今、輝かしい愛に満ちて生かされて未来の喜びがあります。

今なくして過去はありません。今の積み重ねが過去を生みだし続けます。
今を生きずに過去の記憶に引きずられ、過去の経験に基づけば未来は過去の繰り返し、焼き直しに過ぎなく為ります。

未来を悲観する者は悲惨なる過去から来た者です。
未来を否定する者は自己を否定する定めの者です。
未来に絶望する者は希望を踏み潰された者です。

未来を救うものは愛です。
愛だけが争いという不調和の波動を癒します。
愛だけが虚無という否定の波動を癒します。
愛だけがエゴという独りよがりの波動を癒します。

愛だけが今に癒しの波動を拡げ、過去の亡霊を浄化出来るのです。


愛だけが未来を救うのです。
2011/10/26 (Wed) 06:31 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の人


あなたを叱ってくれる人はいますか。
あなたは叱られるような事をしないから叱られる事はないと思っていますか。
小さい時から叱られた記憶はありませんか。

怒られるのと叱られるのは違うと知りましょう。
怒るとは物事の結果について怒りを持って責める事です。
叱るとは物事に対する姿勢や態度を愛を持って責める事です。

怒りには感情がこもり、相手を萎縮させ、すくませる事になります。
叱る事で相手に反省を促せ、二度と過ちを起こすまいという気持ちにします。

同じに見えて違うのは相手の受け取り方に依るからです。
叱った積もりでも相手が自分を上位者と認めていないと怒りを感じ取ってしまいます。逆に怒られているにも関わらず相手を上位者と認めていれば熱意を持って叱られていると感じます。
上位者とは敬意を持って認めている相手の事です。
上位者とは愛を持って接してくれる相手の事です。

"愛の人"の事です。
2011/10/24 (Mon) 11:09 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

受け入れる愛


愛している相手を認めていますか。

愛すれば受け入れられるというのは嘘です。
誰にも嫌なところがあり、受け入れ難い事が在って当然なのです。

相手の受け入れられないところは性格だったり、癖だったり、禁止事項だったりします。

相手の性格が嫌いというとどこを好きになったと言うのでしょうか。嫌いになった性格の逆転方向の性格を大好きになったんですよね。
癖が嫌いと言う事は後から分かったりすることがあります。付き合い始めには判らなかった癖を知ってもそれ程嫌いにならないものです。
禁止事項とは小さな時に親からしてはいけない事の事です。この禁止事項をする人は許せないという気持ちが受け入れない気持ちを作ります。

"受け入れる事"は愛する事の一部ですが、全てではありません。受け入れられない所があるから愛していないという事でもありません。私達はつい、相手の一部の欠点を指して非難し、嫌いになり、相手の全てを否定したがりますが、大きな間違いです。
『あなたのそんなところが嫌いなのです』と『そんなところのあるあなたが嫌いなのです』は大きな違いです。受け入れ難い事実のみ伝えないと相手を全拒否することになってしまいます。

受け入れられないのはなぜなのでしょう。
受け入れないのはあなたの影をあなたが認め無いからです。あなたの全体から分離した影があなたが認められないところなのです。
完璧であることを諦めましょう。否定したいところもあなたです。未熟さもあるのが当然なのです。

不完全な自分を愛してあげましょう。
2011/10/22 (Sat) 20:49 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の幻想に溺れて


愛する事は現実ですが愛されていると思うのは幻想です。
自分が想う事が自分にとっての現実なのです。だから自分が相手を愛している事は現実の事なのです。
ただ、その愛が相手にあなたが想うほど相手には伝わらないという事なのです。

愛の深さが深いほど、想いは伝わると思い、愛の強さが強いほど判って貰えると思い念じますが、自分の世界を強くする事に費やされるのみでギヌンガ・ガップのギャップを拡げるだけです。
強引に想いを伝えたければ、接触テレパスよろしく、強く抱き合い、見つめ合えば良いでしょう。本人達は想いを伝え合えていると思っていますが、そのは念を砲弾の如く撃ち合っているに過ぎません。返って想いを傷付けてしまう事も有り得ます。
本人達は何を感じ合っていたのかと言うと自分の想いを感じて相手の想いと勘違いしていただけなのです。
想いを強めれば強めるほどギャップが拡がるというジレンマの解消は想いを口に出す、手紙を出すなどの直接行動をするのがベストな選択です。想いの十分の一程も伝わらないですが、まだましであると言えます。

なぜ、想いが伝わらないという感覚を持つのでしょうか。
自分の愛の想いというアウトプットに対する相手の愛のインプットが少ないと感じるのが原因です。
"期待値""阻害要因"の問題です。
"期待値"とは自分が与えたと思っている愛の想いの深さ強さ以上の相手の愛の想いが返ってくると期待する愛の大きさのことです。
愛の大きさは主観でしか計れず、小さいと感じれば小さくなり、弱いと思えば弱くなるのです。
期待値が二倍なのに僅かに足りないだけで失意に陥るのです。
"阻害要因"とは相手の愛を選別拒否する思い込み・観念の事です。自分の愛がこういう愛だから相手の愛はこうではなくてはいけないとか、愛とはこういうものであるというフィルターです。
価値観は似ていても全く同じであることは有り得ず、ましてや『愛ってこうゆうものだよね、こんなのは愛って言えないよね』などとすり合わせする事など皆無でしょう。

強く愛すれば想いが伝わると思うのは幻想です。
強く愛すれば強く愛されると思うのは幻想です。
自分勝手な想いで愛している積もりでも、愛の幻想に溺れているだけなのです。
2011/10/20 (Thu) 12:03 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛のトラブル


人生にはトラブルが付き物です。
人を好きになったり嫌いになったり、愛のトラブルはいつも起こります。

大別して『くれない症候群』『かるまっちょ』『無意識誘引』が原因です。

『くれない症候群』というのはあなたの心が罹る病気です。プレゼントをくれない、自分だけを見てくれない、優しくしてくれない、笑わせてくれない、喜ばせてくれない、遊びに連れて行ってくれない・・・
いつも要求ばかりで相手に負担を賭けて喧嘩というトラブルを起こしてしまいます。

『かるまっちょ』は運命とか宿命とかカルマというものです。いつも頑張っているのに恋愛には遠かったり、上手く行きそうなのに誰かに邪魔をされたり、遠距離恋愛しか出来なくて自然解消したり、自分や相手が原因とは思えないのに上手く行かないのです。

『無意識誘引』は隠されたあなたの癖が恋愛を上手く行かせない事が原因です。相手がいらつく事をねちねち言ったり、気にしていて出来ない事を非難したり、変えられない過去の事を言ったり、軽く重く甘えてみたりすることです。意識的に言葉にしている訳ではなくてそういう話を知らずにして相手を怒らせてしまい上手く行かなくなるのです。無意識に相手を怒りモードに誘引しているのです。


早めに原因に対処するか、根本的に変えて行くしかありません。
あなたの愛のトラブルの原因は見つかりましたか。
2011/10/18 (Tue) 10:22 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

時を超える愛


『激しい憎悪は、自分に加えられた屈辱感や危機感から生まれます。人を愛すれば、そこに希望と願望と相手への依存が生まれ、依存は屈辱を味わうリスクを増やします。愛が必然的に危うさを秘めているのはこのためです。攻撃性は愛の影であり、愛の情熱と一体であり、愛にはなくてはならない要素なのです。情熱が衰退するのは、攻撃性が愛を汚染したためではなく、両者のあいだに必要とされる緊張を維持する力がないためです。攻撃性のパワーは、私たちが相手をどのくらいよく知っているかに比例するので、見ず知らずの相手よりも、長いあいだ愛しあっているほうが危険になります。時をこえていつまでも愛しあう力は、憎悪に耐え、憎しみを癒す能力にかかっているのです。』  by スティーブン・A・ミッチェル   『愛の精神分析』

愛しあう力は両者に緊張という情熱が必要であり、憎悪・憎しみを癒す力が必要という訳です。
"両者"とは愛しあう二人のことです。"緊張"とは精神が張り詰め敏感になる事です。愛しあう二人がお互いのことに敏感になり興味を持ちつづける情熱が必要なのです。
"憎悪・憎しみを癒す力"とは愛しあう力に比例するお互いを否定・排斥しようとする力である憎悪・憎しみを柔らげ少なくする力で、お互いを理解し合うエネルギーが満ちた幸せの中でお互いにリラックスすることです。
詰まりは
時をこえていつまでも愛しあう力は、緊張とリラックスの振幅の中にあると言う事です。
2011/10/16 (Sun) 08:27 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

世界にひとつだけの愛


愛は世界共通のものですが、あなたの愛はあなただけの愛です。

あなたの愛は元々特別なオンリーワンの愛なのです。
それぞれに違うから輝けるのにどうして人間は他と比べたがるのでしょうか。
ナンバーワンになりたがるのでしょうか。

ひとつとして同じ愛は無いから愛に価値があるのになぜそれを理解しようと受け入れられないのでしょうか。

愛を比較した時愛の減少感を持ちます。愛には量の概念が元々ありません。インフィニティ∞同士は比較出来ません。それを敢えて行うので愛の違いが愛の大きさの違いに感じられるという錯誤か生じるのです。そこから愛の減少を感じてしまう訳です。

愛の減少感はねたみをもたらします。愛が自分より多いと思われる相手に対する嫉妬を感じ、嫉妬により愛を受け取りにくくなり、さらに愛の減少を感じるというマイナスのスパイラルを生み出してしまうのです。
愛はなぜ人により違いが生まれるのでしょうか。それは個性によって愛の表現ね仕方が異なる為です。個性とは性格ではありません。
個性とは魂の性質の強弱の違いです。
魂の表現力が豊かかそうでないか、魂の活動が活発かそうでないか、魂の意思の強さが強いかそうでないかなのです。
強すぎては回りに対する影響力が高すぎて悪く出れば我が強いという短所になり、良く出ればカリスマという長所となのです。

愛を表すのに個性が変調するから様々な愛として見えているのです。同じ愛を表現するのに違いが出て来るのです。

あなたの愛はあなただけの愛として世界にひとつだけの愛と自覚しましょう。
2011/10/14 (Fri) 01:05 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の旅人


遥か彼方時の始まりより愛を知りたくて、歩んで来ました。
愛そのものの分身として愛を知る旅に出ました。

幾つもの人生を体験し、実感し、感覚を共有し、死すら超えて、歩み続けて来た。それを"転生"と言うなら言えばいい。転生を何億万回繰り返して、時の果てまで来た。
・・・・どれ程の時を踏み越えて来ようと愛を求める意思は変わらない。

動物としての愛、微生物としての愛、人間としての愛、異性物としての愛、植物としての愛、鉱物としての愛、惑星意識としての愛、惑星系意識としての愛、銀河系意識としての愛、ボイド宇宙意識としての愛、膨張宇宙意識としての愛・・・・どれ程意識を拡げようと愛を求める意思は変わらない。

物質に依存しない世界には愛が無かった。
次元を越えた異世界には愛が無かった。
想像の夢の世界にも愛は無かった。
虚無の存在すらない世界にも愛は無かった。
・・・・愛が無い世界をいくらさすらおうとも愛を求める意思は変わらない。


時や
意識や
世界を
踏み越えて尚、
愛が判らないということだろう。
それほど愛は多様で深く、変幻ではかないということだろう。

愛を求める意思が有る限りその歩みは止まらない。
愛を知りたいという意思が消えぬ限りその歩みは止まらない。
2011/10/12 (Wed) 06:49 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛という喜び


あなたの愛はあなたの喜びです。
わたしの愛はあなたの喜びです。
あなたの喜びを得るにはあなたとわたしの愛が必要です。
"愛し合う"愛の行為が必要なのです。

愛の行為は
『体』『技』『心』
が揃って完成します。

口だけ"愛"を語っただけでは未完成です。心を込めた言葉が必要です。
心を込めるとは"相手の心に沿う"という事です。
心を込めるとは"自分の心のエネルギーを与える"という事です。
"愛"を語る事は心を持たぬ存在すら出来る事です。
"愛"を語る事は心を使わなくても出来る事です。
だから
愛の行為には『心』が必須なのです。

きちんとした"愛"を伝えるには表現する力が必要です。たどたどしい言葉の連なりは相手に"愛"が伝わりません。分かりにくい態度では相手に"愛"を伝えられません。間接的な曖昧な表し方では相手に"愛"を受け取って貰えません。
だから
愛の行為には『技』が必要なのです。

言葉は口という物理的存在があって出すことが可能です。感情は心という感じる主体があって受け取ることが可能です。S0X(ソックスではない)はお互いの体があって感じ合う事が出来るのです。
だから
愛の行為には『体』が必要なのです。

『心技体』は魂と魂が混じり合う"愛の行為"には欠かす事の出来ない要素なのです。
『心技体』は魂と魂が震え合う"愛の行為"には欠かす事の出来ない要素なのです。
『心技体』は魂と魂が高め合う"愛の行為"には欠かす事の出来ない要素なのです。

『好きです』という言葉をお互いの体の暖かさを感じられる距離で、目を見つめ合って、心を確かめ合いながら、交わし合う事が何よりも"あなたの喜び"なのです。
2011/10/10 (Mon) 09:37 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛することは辛い?


愛する事が辛いと言う人がいます。
愛する事は心ウキウキ楽しい筈なのになぜでしょう。
どんな時にどんな事がどんな風に辛いのでしょうか。
好きな相手と楽しい時間を一緒に過ごす時は良いのに、別れて一人になると不安が襲って来ます。
"また会えるだろうか"
"嫌われてないだろうか"
"他に好きな人が出来たらどうしよう"

不安の種は
今の事ではなく
自分の事ではなく
考えて判る事ではありません。

これが思考の特徴です。
判らない事を考えて、知り得ないから不安になります。

思考が愛を不安で阻むのです。

思考を生み出しているのは自我です。

自我が愛を不安で歪ませているのです。

自我は誰にもあるものです。自我を持たぬ者は存在しません。自我無く生きれる者はいないのです。
不安で愛を歪ませていない者はいないのです。

不安の大きさは人によって違います。まるで不安がないように見える人もいれば、不安に苛まれて眠る事すら出来ない人もいるのです。

この差は自我の大きさです。自我に振り回される人の差です。

愛することで生まれて来ると思える辛さを軽減するには自我を小さくする事です。
自我から生まれる思考を少なくする事です。

思考から生み出される不安を少なくする事です。

判らない事を考えて不安になることが少なくなります。

愛する辛さが少なくなります。

愛する事が楽しい事が増えます。
2011/10/08 (Sat) 23:30 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛を喰らう怪物


"人は愛を喰らう。
喰らわねば生きて行けぬ。"

なぜそんなにも貪欲に人は愛を必要とするのでしょう。
愛が無ければ生きて生けないと言われますが、ただ漫然と生きることには必要無いようです。
生き生きとヒビッドに活力ある生き方をするとき、愛を必要とするようです。

自然界には愛を必要とする生き物はいません。そこにあるものだけで生きているのです。ただ純粋に力いっぱい生きるのが自然界の生き物なのです。
仲間の信頼という愛が無いと守る活力の持てないボス猿はいません。
求愛を断られて崖の上から投身するオットセイはいません。
仲間の危険を身を呈する愛で護ろうと巨体な敵のイルカに刃向かうイワシはいません。

不自然な愛を自然の生き物は必要としないのです。

投票という信頼を集め無いと政治家は支持という愛を感じられません。
求愛を断られたら世も末になり生きて行く気力も失います。
身を呈して愛する者を護るのは父親の役割です。

不自然な愛を不自然な人間は必要とするのです。自身の危険を冒したり、自身に危害を加えたり、熱望を要求したりする愛を貪欲に喰らうのです。

人間は自然界に居ない怪物なのです。
人間は愛を喰らう怪物なのです。
2011/10/07 (Fri) 01:17 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

一人の人を愛し続ける愛


誰かを愛する事は難しい事ではありません。
誰かを愛しつづける事が難しい事なのです。

一人の人を愛する事は大変な事ではありません。
一人の人を愛しつづける事が大変なのです。


いったい何が難しくしたり、大変にしているのでしょうか。

"いつまでも愛するのだ"という強い思いが、そうできない自分を苦しめます。
"他に目移りしてはいけない"という思いが、目移りしてしまう自分を苦しめます。

愛に"ねばならない"という緊張は要らないのに愛を強く持つが故に自分を苦しめるのです。
緊張してしまうから"愛しつづける"難しさ大変さを生み出してしまうのです。

"愛しつづける事"のコツはリラックスです。ゆるゆると愛する事です。
よそ見をするのも休むのもありです。
リラックスするからこそ新鮮な愛で在りつづける事ができる訳です。
2011/10/06 (Thu) 01:47 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の煌めき


愛を体験し愛に戸惑い愛に喜び愛に額ずき愛を受け入れ愛を否定し愛を求め愛を抱きしめ愛に奮え愛に翻弄され愛を信じ愛に殉じ・・・

愛は煌めき輝き光踊る命そのもの。
愛に喜ぶ者よ

愛に怒る者よ

愛に哀しむ者よ

愛を楽しむ者よ

愛が感情を揺さぶり心躍らせ活力を産み、生きている悦びを与える。

愛は優しく甘く光弾ける命そのもの。

愛に愛別離苦(あいべつりく)する者よ

愛に怨憎会苦(おんぞうえく)する者よ

愛に求不得苦(ぐふとくく)する者よ

愛に五蘊盛苦(ごうんじょうく)する者よ

生きる事は四苦八苦であって、愛など無いと思うな。四苦八苦の狭間に愛が煌めいて、息づいている。
2011/10/04 (Tue) 12:03 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の幻想を打ち破れ


愛は幻想です。

沢山の愛を語って来ていまさら何だ、何を言っているのかと思われるでしょうが、真実"あなたの頭で考えている愛"は幻想です。
あなたの考えている様な愛はあなたの頭の中にしかありません。
言い換えれば"あなたの求めている様な愛"は与えられる事はありません。

頭で考えるとは"自我にとって都合の良い"事だからです。
自我は本当の意味で私達の幸せの為に働いている訳ではないのです。自我は自分を守る為にあれこれと判断を下したり批判しているだけなのです。

私達は自我を自分と思っているからそのまま無批判に自我の言うことを受け入れてしまっているのです。

愛は与えられて当たり前のものではありません。

愛はその時ベストなものでもありません。

愛は優しく甘いだけのものでもありません。

自分を受け入れてくれない愛は愛でない訳でもありません。


愛の真の姿を観るためには自我の偏向を質さなければ解りません。
愛の幻想を打ち破らなければ愛の真の姿を観ることは出来ないのです。

愛の幻想を打ち破る方法とは
自我が真の自分では無いことを理解する事です。
自我から自分の決定権を奪い返し、真の自分に還る事です。
2011/10/02 (Sun) 18:30 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

きゅうとす

Author:きゅうとす
KIN214
白い律動の魔法使い White Rhythmic Wizard
ドリームスペル「青い共振の嵐」の年 律動の月16日(月)

2007・7より観念浄化を始めました。
生来のマイペースで遅々として進みませんが
自分なりに浄化をしています(笑)
きっとこの先には心軽く楽しい人生があると信じて
います。

2011年TUTAYAコミュが閉鎖されるのに伴いこちらのブログに移行します。
愛、恋愛などをテーマに観念浄化ワークと絡めブログアップします。

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