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愛が冷めたときの11の処方


『愛とは何か』 小林司著から抜粋します。

①相手は自分とは異なった種類の人間だ、ということを受け入れて、自分を支持してくれるように要求してみなさい。
②あなたが困っているときに、その困っていることを分担してくれるように求めてみなさい。
③相手は文句も言わないし、自分の言うことを聞いてくれるのはひじょうに助かるし、感謝すべきだと思いなさい。
④あなたが怒りを感じたときは、友達に話してみるとか、あるいは感情手紙療法(感情をしまっておかずに、怒りなどを手紙の形で書いてみるが、必ずしもそれを相手に見せない)を実行して、相手を許すことを考えなさい。許すことで、あなたの怒りを消してしまいなさい。
⑤自分を支持してほしいと要求してみて、彼がいつもイエスと言わないでも当然だと思いなさい。別の方法であなたを支持してくれる機会を彼に与えなさい。
⑥あなたのために相手がしてくれるどんなわずかなことにも感謝しなさい。
⑦相手のことをあれこれかまうよりも前に、あなた自身のことをしなさい。もしもあなたが疲れたり、ストレスが多い場合には、それがもっと積み重なって自分が殉教者になることをやめなさい。やめれば、配偶者はもっとあなたへの支持が必要だと気がつくであろう。
⑧相手が関係を維持することを暗示したにもかかわらず、『そんなことよりも夕食を食べに出かけましょう』とか、『むしろ休暇旅行にいっしょに行きましょうよ』などとその提案を修正したり、批判したり、相手の考えを改善しようとしてはならない。
⑨同性による支持グループに参加するとか、そういうグループをつくりなさい。グループの中で関係のある本をいっしょに読んだり、そこで得た経験を分かち合うようにしなさい。
⑩いい関係を持っている人を友達にして、そういう人たちと悩みを分かち合うようにしなさい。もしも友人ができれば、彼らは治療者として役に立つだろう。
⑪あなたの配偶者といっしょに、この文章を読んで、話し合いをしなさい。相手の考えや反応を見つけ、そして相手を受け入れるようにしなさい。あなたの感じを相手と分かち合い、あなたのことをもっとよくわかるように働きかけなさい。

きゅうとすも考えさせられる部分が多いから考えてみます。
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2011/07/31 (Sun) 13:11 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の能力


愛には不思議な能力があります。
愛する相手と心が通じ合える能力です。

当たり前と取るか、確かにねと取るかであなたが如何に他人と意志を通じ合えていないかが分かります。

当たり前と取るあなたは他人と意志を通じ合えていません。
意志を伝えるには言葉を聞くか読む事で行います。その時既に他人の意志が"概念化"してしまいます。あなたはその"概念化"した他人の意志を自分の概念で解釈し直して理解しているのです。
直接他人と意志を伝達し合えていないのです。

『愛する相手と心が通じ合える能力』とは言葉や文字で自分より外に向かうものでなく、自分の心の内に向かい、通じ合える能力なのです。

超能力のテレパシーに似ているように思えますが、違うものと思います。
テレパシーは言葉や文字を使わず心で"会話"する能力です。
"愛する相手と心が通じ合える能力"はまるで自問自答するような感覚ではないかと思うのです。何故、心が通じ合えるのかすら分からないけど、そう思える。
形としてはシンクロのように現れる能力と思うのです。
心の内に波紋のように拡がる愛のエネルギーをイメージするのです。
2011/07/29 (Fri) 12:05 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛を学ぶ


愛は教えられて分かるものでなく体験するものだという意見は正しい。
でも、愛を学ぼうという姿勢とか心掛けは必要です。

古くから"愛"は隠されてきた。特に男女間の愛は秘匿というのに相応しいでしょう。
日本の古来の愛は"慈しむ"という言葉に集約されると思います。目上の者が力の弱いもの女性、子供に向ける"愛"です。これは社会全体が実践していたのです。乱暴狼藉する者はいざ知らず、社会の大人がしない者を叱責していたのです。
西洋から"愛"の概念と共に平等の考え方が入って来た時から"慈しむ"より"愛"が重宝多用され、男女間の"愛"が重要視されて来たのです。
大平洋戦争で日本が敗戦国となって古くからの価値観が全て否定され、中途半端な"愛"が残ったため"愛"を教えられない国になってしまったのです。
アメリカなどのクリスチャンの国は教会で"神の愛"を学び公(おおやけ)に"愛"の教育を受けるのです。戦後、道徳の名のもとに"慈しむ"事を教育されて来ましたが、現代では風化してしまっています。

愛を学ぼうという姿勢とか心掛けは"愛"を浮き彫りにします。
意識を向けたものが拡大され、エネルギーを与えられるからです。
すべての事柄から"愛"を学ぼうとすると他人とは"愛"そのものである事を感得出来ます。他人が自分の鏡であると判れば自分が"愛"そのものと知るでしょう。
その時"愛"が何か理解できるでしょう。
普遍的な"愛"でなく独特で極めて個人的な"愛"の意味を理解出来るのだと思うのです。
2011/07/27 (Wed) 07:04 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の取扱説明書


使用前のご注意
愛は与え過ぎないで下さい。甘えの原因になります。愛は少な過ぎないで下さい。心の痛みをひどくする場合があります。

使用方法
幼児にはたっぷりあげるようにして下さい。沢山あげても直ぐに吸収してしまいますので加減無用です。
子供には様子を見ながら加減下さい。但し、条件付きで愛をあげるとそのように覚えて仕舞いますのでお気をつけ下さい。
成人には適量をご使用下さい。以下の場合には様子を見ながらあげることをお勧め致します。
失恋したての方には優しさという愛をあげて下さい。姉妹品の"同情"も効く場合もあります。
同性の方には思いやりという愛をあげて下さい。姉妹品の"友情"も効果あります。
お年寄りには労りという愛をあげて下さい。苦労話を聞いてあげながら愛を与えるとより効果あります。

こんな時は
稀に拒否症状が出る場合がございます。そんな時は精神科医、またはセラピストに掛かる事をお勧めします。素人の対処療法では返って心の傷を深くする場合もあります。
2011/07/25 (Mon) 06:58 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛の嵐


台風一過してホッとしましたね。本土を強風と大雨で洗い流して行きましたね。

愛も人生にとって嵐のようなものです。
突然現れて振り回されてくたくたにされていつの間にか消えてしまいます。
好きだという気持ちは何を基に強くなるのでしょうか
低気圧low pressureというものは南の海で熱っせられた上昇気流が地球の自転のコリオリの力で右回転の渦を巻いた気流の事です。この気流に寄って引き起こされた雲や激しい風を嵐と言います。

心の海に誰かに対する"愛着"が生まれると相手の情報という水を巻き上げながら欲求の上昇気流が生まれます。そして、自分の中の恋愛に対する思い込みの力で渦を巻きはじめるのです。相手の反応や態度に寄って雷や突風が起き、感情の雲を呼び寄せ、嵐となるのです。

相手を好きだと思う気持ちは相手に対する愛着が原因です。愛着が熱ければ熱いほど嵐の規模は大きくなります。
愛着の原因は相手や状況に寄って変わるので特定は困難ですが、有りがちなのは"自分との類似"です。相手の行為や考え方が自分と似ていると思うと好意を抱くのが起点となるようです。

大嵐の後は晴れ間が覗いて気持ちの良いものですが、愛の嵐の後はさっぱりしますが夏空とはいかないようです。
2011/07/22 (Fri) 12:10 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛は幻、つかの間の命


愛は幻ですか。
つかの間の命しかありませんか。

歌ではありませんが大抵の人はそう思って永遠の愛に憧れます。
そしてそんな愛で愛されたいと思っています。

愛=幻、愛=短命にしてしまう原因があります。
条件を付けてしまうことが原因です。相手が自分を愛してくれるから愛するなら、相手の気持ち次第で消える運命です。
顔で相手を選んでしまうことが原因です。イケメンなら好きになるけど普通なら嫌だなんて言っているから短命になる運命です。
年収や住まいや車で相手を選んでしまうことが原因です。相手の状況は社会的に変わって行くのに変わるものにしがみつくから貧乏になる運命です。

愛の本質は無条件の奉仕です。そこにはものがあるない、代償があるない、を必要としません。与える相手がいれば十分なのです。与える事が喜びなのですから。受け取り、返して来る愛があれば尚更の力になります。
2011/07/20 (Wed) 07:02 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

未来の愛


大昔、愛は無かった。

ただ欲望のまま、望むものを奪い、所有しているものを奪われまいとしていた。愛でる、可愛がるのは自分の都合であって相手の気持ちを大切にした為では無かった。
それは女性が男性の所有物として扱われて人間としての権限を奪われていたからであろう。

人が人として"愛"を理解意識したのはいつの頃だろう。類人猿時代だろうか。
現代の類人猿と呼ばれる"ボノボ"には家族を伴侶を労る行動が見られるという。
"愛"の定義を適用すれば"優しく労り思いやる"事ができて"愛"を認められることになる。
類人猿から野蛮人になって"愛"が失われたのだろうか。旧約聖書では"愛"も描かれるが社会的に制限のない無軌道な"愛"が横行して神の怒りに触れたりしている。社会的に認知された"愛"が広まったのはイエスからだろうか。モーゼの時代では神の怒りを以ってしても"愛"は広まらなかったようである。
その後のマホメットも愛を説かなかった訳ではないが争うばかりで"愛"を広めてはいない。

違う意味の"愛"を広めたのは仏陀だった。それは日本で"慈悲"として完成した。苦悩から救われる教えとしての仏教から苦悩する人間を救い愛する教えとなったということになる。

"愛"は基本形として"親子"⇒"男女"⇒"隣人"と関係性が薄まる方向で発達して来た。
それは人間の意識の拡大を意味する。
それは人間の生存環境の拡大を意味する。

次の意識の拡大対象は何であろうか。

それは"人間以上の存在"である。
それは"地球以外の世界"である。

未来の愛は宇宙人を対象にした宇宙的愛になる。
2011/07/18 (Mon) 14:48 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛のコア』


愛がどんな風に扱われようと
愛がどんな事をされようと
愛がどんなにも悪意の猛威に曝(さらされ)されようと
愛のコアは変わらない。

愛のコアとは愛の始まりの種の事であり、愛の複製をするためのコピー元であり、愛が成長するための動機です。

愛のコアは物質ではなく、超次元の遥か彼方の高みにあり、色々なものを介してこの世に顕れる光です。愛の表現です。
コアを元に全てのものが生まれているのです。

物質の究極は11次元で振動する紐ですが、そのエネルギー源は超次元の高みからやって来るのです。愛のコアとは物質を物質たらしめんとする意識の事でもあります。

意識の波動を変調できる能力で目から入る光の波長を変えれば愛のコアを直視出来ます。そうすれば全ての物が愛のコアから出る光で物質形式が象(かたど)られている事が分かるでしょう。

愛のコアはあなたの中にもあります。
だからあなたも愛の表現の一つなのです。
2011/07/17 (Sun) 00:21 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛とは何か


『愛とは何か』小林司著 NHKブックス
を読みはじめた。
小林先生の定義は
『愛とは、個人もしくは複数の人に対して、相手のしあわせと成長とに心づかいをし、共感的に相手を理解し、優しく扱って、親密感と愛着を抱き、すべてをありのままに受容して許し、無条件で自分を与え、ともに成長すること』
である。
流石に精神科医だけあって教科書的で誰もが納得出来る定義だと思う。しかし、如何せん古い(笑)。初版が1997年であるし、小林先生は1929年の生まれ、81才で昨年の9月に亡くなられた。

きゅうとすの定義は
『愛とは存在の全肯定。心臓を動かすスピリチュアルなエネルギーのこと。人間の行動を形容する時、優しさ・思いやり・労りとなる。また、人間関係として、認め・許し・受け入れる事で表現されるもの。』
となります。

あなたは愛をどう定義しますか?
2011/07/15 (Fri) 01:40 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛の見張り番』


愛は素晴らしい快感です。
初めて味わった時の感激と摩訶不思議さは言葉で言い尽くせない、表現し尽くせない体験です。言ってみれば最初がピークでそれ以降は同じくらいの感激を味わえません。

そのため"愛の見張り番"を気づかずにおく事になるのです。
"愛の見張り番"は最初の感激と今感じた感激を比較します。そしてチェックします。何故違うのか、何処が違うのかどうして違うのかを精査して、是正を求めて来ます。
"こうしなければならない"
"ああしてはならない"
と命令を始めます。
そして愛に苦痛を巻き付かせてしまうのです。
愛を感じている時には苦痛なんかありません。

"愛の見張り番"を生み出したのは自我の比較の機能です。その機能を働かせたのはあなたの心です。
『今日は昨日の続き、連続した流れの中で生きている』という誤解の心が比較の機能のスイッチを無自覚に押したのです。
物質次元でも昨日のあなたと今日のあなたは別人です。
精神次元でも別人なのです。
全く違うのです。
その感覚が無いから比較のスイッチを入れてしまいます。昨日の自分と今日の自分は同じ自分という思い込みが比較をし続ける理由なのです。

今の自分と過去の自分は違うから比較する必要など無いという自覚が"愛の見張り番"を消滅させ、比較の苦痛から解放してくれるのです。
2011/07/12 (Tue) 10:42 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛の輝き』


夜の生き物を観察する為に使うノクトビジョンという道具があります。生き物の出す赤外線を捉えて映像化する道具の事です。
もし、人の心を見るノクトビジョンのような道具があったらどんな風景が見えるでしょうか。

優しい心はコスモスの花のような色合いのパステルカラーに見えるでしょうか。そして柔らかくうごめいて射るかも知れません。
労りに満ちた心は明るい透明感のあるキラキラした色に見えるでしょうか。そしてゆっくりとその光が見えるのかも知れません。
慈しみの心は紫陽花のようにしっとりした薄紫の色合いが滲み出るでしょうか。そして霧雨のようにやさしく降り注ぐのかも知れません。
イライラした心はチカチカした銀色の目を射るような色に見えるでしょうか。そして爆ぜるようにあちらこちらで散らばるのかも知れません。
怒りに燃えている心はやはり赤く激しい色に見えるでしょうか。轟々たる音に見えるのかも知れません。
悲しみの心はどうしても沈み込んでしまう灰色に見えるでしょうか。まるで光らずただそこにあるように見えるのかも知れません。

様々な色合いで見える心ですが愛の心はどのような色合いだと思いますか。
黄金の神々しい光で燦然と輝き煌めき眩しく光ってまるで創造の光のように見えるのかも知れません。
弱々しく今にも消えてしまいそうな光ってるのかどうかさえ判らない様子であるのかも知れません。

光すら届かない暗黒のブラックホールのように見える心の人はどんな気持ちで居るのでしょうか。輝くなんてとても考えられず、ひたすら落ち込むしかない心とは切なさだけ虚しさだけに支配されているのかも知れません。

心を見ることは適いませんが、私たちは心を通じ合う事が出来ます。そんな寄り添う力が愛の輝きかも知れません。
2011/07/10 (Sun) 11:06 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

愛、始めました。


暑い(;´д`)夏の始まりと一緒に、愛始めました。
熱い想いがあった方が愛らしいです。
夏のひと時に好きな人を見つけ燃え上がって、渚を二人で、水着姿で、笑いながら走り回るなんて、トレンディードラマのひとこまかマンガの定番のようです。
馬鹿らしく聞こえますが自分の中にそんな経験を望む気持ちがあります。(きゅうとすだけですか?)

現実は意識し始めた相手に普通に接する事も出来ず、避けて遠くから様子を伺うか、いきなり告白して玉砕するでしょう(笑)。

愛というよりは夏らしい楽しい思い出が欲しくて海に出掛ける、そんな季節なんでしょう。
ワクワクしたくて夏に期待する、そんな季節なんでしょう。

普段楽しい事が無く、夏になれば、愛さえあればという期待のこもった想いなんでしょう。

愛は365日一年中何時でも始めて良いんです。好きな大切な人が出来たら始めて下さい。
2011/07/09 (Sat) 07:06 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

世界の中心でアイを叫ぶ


生活の全ての中心にアイを据えましょう。

鏡を見詰め、顔を洗う時も鏡の中心にアイを据えましょう。
服を着る時も真っ直ぐに立ち、地球の中心にアイを据えましょう。
歩く時も背中を真っ直ぐに保ち前方に視線を向けてアイを持って歩きましょう。友人と話をする時も相手の顔を見詰めアイを放射しながら話を聞きましょう。
食事をする時も食べ物に感謝してアイを感じながら食べましょう。
リラックスしてテレビを眺める時もアイを体の内側に感じながら見ましょう。
就寝する時も欠伸をしながらもアイを頭の中心に据えて横になりましょう。

アイを中心に据えるとは『自分に愛を与える』事です。
アイを心の中に感じるとは『愛が自分と一つになる』のを体感することです。

世界の中心でアイを叫びましょう。
2011/07/07 (Thu) 20:54 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

大きな愛を手に入れる方法


ゴム風船は空気を入れれば入れるほどどんどん膨らみます。
でも膨らんでゴムが薄くなると空気の圧力に負けて破裂してしまいます。

愛を受け入れる器は心です。
ゴム風船と同じ様に膨らんだは良いが破裂したでは困ります。

本来心には大きさというものがありません。無限に受け入れる器なのです。
しかし、概念という仕切を付けて行くことで次第に大きさを制限し伸び代を自分で狭めて来たのです。
生まれてあなたは"自他"の概念を覚える事で心に大きさの制限を加えました。
そして自分という観念でその内側にフィルターを掛けて来たのです。

だからあなたが大きな愛を手に入れる方法は心の内から観念を取り除き、概念を崩す必要があるのです。
2011/07/06 (Wed) 12:06 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

幸せになりたいなら愛を忘れなさい


愛は美しく素晴らしいものという賛美は誰もが言うでしょう。
経験も体験も無い人でさえ愛は人の生活に無ければ困ると思い込んでいます。
愛があってこそ自分は幸せになれるんだと思い込んでいます。

あなたの愛はどんな愛ですか。

いつも傍にいてあなたの事を言い募ってくれる相手がいる愛ですか。
あなたに自由なお金と自由な時間を与えて、あなたのすることに干渉しない愛ですか。
あなたの力になり、指導し、支えてより高みに導く相手のいる愛ですか。

あなたは愛されることを望みます。
強く強く愛される事であなたは幸せを感じます。
愛される事があなたの幸せなのです。

だからこそ、あなたは本当の幸せを手に入れられないのです。
あなたがあなたの幸せに"愛される事"という条件を付けたからです。

本当にあなたが幸せになりたいなら愛を忘れる事です。
2011/07/05 (Tue) 20:18 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛を信じること』


愛する人に裏切られる事ほど辛い事はありません。
愛する人を信用してあなたは愛したのですから。
その信用を裏切られたら大きく心を傷つけてしまいます。
だから、愛が信じられなくなります。

そんなあなたの愛は条件付きの愛です。"信用出来たら愛する"愛です。相手を見定め大丈夫かどうか確認しなければ出来ない愛です。

愛は信用とは別の所にあります。信用は人にするものであって、愛にするものではありません。
信用を裏切るのは人であって、愛ではありません。

条件付きの愛はあなたが制限を付けて作った愛です。"真実の"愛とは何の関係もありません。

だから、あなたは愚直に愛を信用して良いのです。愛する相手の態度等に関係なく愛だけを信じて下さい。あなたが"愛してる"と思い込んでいる相手からの愛に関係なく素直に愛だけを信じて下さい。
それがあなたがたの愛を"真実に"する方法です。
2011/07/04 (Mon) 23:07 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛は何をしているのか』


"愛"は人間が生まれる前からずっとありました。
こう言うと"愛"が生き物の様に思われてしまいますが、生き物ではありません。"愛"は在り方なので"愛"を体言した存在があったという事です。
それが何だったのかは定かでは有りませんが、極論すれば地球上の全ての存在が"愛"だったと言えるでしょう。
"愛"は人の言うところの愛ではありません。人が人を好きになる事の延長線上にある愛とは違うものです。
人の愛は恋がそれです。
恋とは恋人同士の愛だけでなく既婚者同士しでも同じ意味を持つものなのです。
果てしなく愛は広い意味を持つため混同されてはいるので、それはそれで間違いとは言い難いと言えるでしょう。
人の間に成立する愛は人との関係性の強弱により複雑に意味を変えるます。
依存性が強ければ"甘え"となります。
また、依存性が支配を意味する"偏執"に変化して行きます。
独自性が強ければ"自愛"となります。
普遍性が強ければ"慈愛"となります。

愛は存在することが喜びであり、生き生きすることが楽しさであることですから、人の間の愛はかなり歪んでいると言えるでしょう。
2011/07/03 (Sun) 19:46 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛という在り方、生き方、受け止め方』


『愛という在り方』はずっといつもそうであるのは非常に難しいと思う。周りの人達がどんな態度や言動をしても"愛のある反応"をする事になります。人で有る限りかなり難しいと言わざるを得ないのではないでしょうか。
でも、少しでもそんな在り方でいる方法があります。それは『愛という生き方』です。生き方として"愛"を信条とする事です。"愛第一主義"とも言い換える事が出来ます。周りの人達がどんな態度や言動をしても"愛"あるように反応することです。
『愛という在り方』が絶対義務としたら『愛という生き方』は努力義務と言った所でしょうか。
『愛という受け止め方』は周りの人達の態度や言動を愛として受け止める方法です。『認め許し受け入れる事』がその方法です。
例えば『あの人の意地悪な態度が許せない』場合『あの人』と『許せない』を取り除いて、『意地悪な態度』を自分の中にも同じ様にある事を『認め許し受け入れる事』です。簡単に言えば『あの人も自分も同じ様に意地悪な態度をする人間だし、変わらないのだからと認め、そうするのをお互いに許し、あの人を自分に受け入れる事』です。
2011/07/02 (Sat) 22:54 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

きゅうとすのぶろぐ見てみて♪

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2011/07/02 (Sat) 22:23 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

『愛について』


"愛"と聞いて何を思い浮かべるだろう。
明るくて元気で楽しい気分だろうか、切なくて胸いっぱいの苦しい気分だろうか。
愛にはポジティブな面とネガティブな面がある。無償の愛とか慈愛とかはポジティブな面で、憎悪や嫉妬はネガティブな面と言えよう。
愛は感情として表現されるので感情と思いやすいが正確に言えば感情では無い。正確に言えば【存在のありよう】ということになる。

砕いて言えば"どうあるか"ということである。

簡単に具体例を言えば
『好きなあなたの為に生きている自分でいる』⇒あなたと生きていると嬉しい。
『好きなあなたの為になにくれとなく世話を焼く自分でいる』⇒あなたの力になれるのが楽しい。
『好きなあなたの為に全力でサポートする自分でいる』⇒あなたを支えられるのが喜びだ。
などとなる訳である。

愛の現れがポジティブだろうがネガティブだろうがどうでもいいのだ。
愛そのものを問題視したい。
2011/07/01 (Fri) 12:56 |恋愛および愛 |トラックバック(0) |コメント(0)

プロフィール

きゅうとす

Author:きゅうとす
KIN214
白い律動の魔法使い White Rhythmic Wizard
ドリームスペル「青い共振の嵐」の年 律動の月16日(月)

2007・7より観念浄化を始めました。
生来のマイペースで遅々として進みませんが
自分なりに浄化をしています(笑)
きっとこの先には心軽く楽しい人生があると信じて
います。

2011年TUTAYAコミュが閉鎖されるのに伴いこちらのブログに移行します。
愛、恋愛などをテーマに観念浄化ワークと絡めブログアップします。

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